飲み屋の会計でくよくよする
悔しさ。
悲しさ。
怒り。
せつなさ…
若手社員たちを連れた飲み会もお開きの時間となり、
お会計を済ませてテーブルに戻ってきた猪五郎。
しかし…誰からも「ご馳走さまでした」のお礼がない。
そんな常識のない社員たちではないことを猪五郎は知っている。
みんな、会社の経費から出ていると思っているのだ!
俺の自腹なのに!
これ見よがしに会計のために席を立ったため、
キラーフレーズ「領収書はいりません」を聞かせることができなかった!
飲み会の最初か最中に「今日は俺のおごりだから」を入れておくべきだった!
ちくしょう!
俺が出したのに!
グチも聞いてやったし、まったく知らん有名人の噂話にもつきあってあげたのに!
ちくしょうちくしょう!
店員に退店をうながされ、みんなそれぞれ帰りの準備を始めている。もう立っている者もいる。
今から全員にむけて話をするタイミングはなさそうだ。
どうすれば…どうすれば分かってもらえる!?
とりあえず尿意の解決が先だ。
トイレに駆け込み用を足しながら猪五郎は考える。
そうだ、オレが最後に店から出てくるのをみんな店の外で待っているはずだ。
店のなかでシメの挨拶的なものがなかったぶん、そこで何か俺がしゃべっても不自然ではないはずだ。
「今日は俺が出した」とちゃんと通達しよう。続けてなんか良いことを言えばいやらしくなく分かってもらえるだろう。
「今日は俺が出したけどさ」
そのあとは?
…
…(考えている猪五郎)
…
…
…「明日からもがんばっていこう」
(何も思いつかなかった…)
「今日は俺が出したけどさ、明日からもがんばっていこう」
上の句と下の句がつながっていない。
だがまあ言いたいことは伝わるはずだ。
トイレを出て手を拭くのもそこそこに、
みんなが待っているはずの店の外に出る。
引き戸を開ける猪五郎。
そこには…
誰もいない。すでに散会済み。
左右の飲食店街の明かりを通してながめてみても…
そこにはただ風が吹いているだけ。
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