見出し画像

78歳フラワーデザイナーの仕事

ドイツ研修からの贈り物。ピンチからチャンスへ

・フラワースクールを52年継続しております。
・ちょうど50歳のころ、生花のレッスンに行き詰まりを感じつつ
 迷いがあったころのエピソードです。
・1990年代は花市場のバブル時代。ドイツ研修旅行はフラワーデザイ  ナー達には憧れでもあり、ドイツフローリスティック理論が学べることは とても魅力的でした。
 ドイツ理論の植物の自然から考え出されたカリキュラムやデザインは
 日本人の心をとらえとても人気がありました。
 10日間ほどで旅費、レッスン料、宿泊費など入れれば100万近く
 かかるのですが、何れのツワーも満員でした。
 私には家族もあり とても望めないツアーでした。
 諦めてパンフレットをテーブルの下においたまま忘れかけていました。
 そんな時同居していた義母が見つけ、夫に
 「行かせてあげなさい。 私がお金を出してあげる。」
 とまで言ってくたのでした。
・こうして私の研修旅行は実現しました。 
 この研修旅行は生涯忘れることのできない楽しい学びの旅でした。
 デザイナーの広い庭先でのレッスンと楽しいランチ。
 ホテルへの帰り道は リヤカーに作った花束を載せて道行く人たちに
 プレゼント。
 歩いて帰る道々、歌いながら森のビヤホールに行くのです。
 白夜の森の中にビヤホールが現れ大人も子供も一緒になって楽しんでい  ました。
 このツアーの通訳の方がドイツ在住の日本人だったからこんな楽しい   日々を過ごせたのでした。
 これがカルチャーショックといううのでしょうか?これから病みつきにな り数年にわたりこのツアーに参加していました。
・そして第1回のツワーの帰国から1週間が過ぎたころ東京から男性のお客 様が見えました。なんとその時のツワーでご一緒した一人でした。
・突然「週三日お時間をください!!」
 「この地に専門学校を作りたいのです」。とおっしゃるのです。
 その方は東京と九州で花の専門学校を経営しておられる方だったのです。
・そんないきさつから専門学校のお仕事をいただき、私の行きつまりや迷い
 は吹っ飛んでしまいました。
・1年間かけて、場所探し、講師選び、カリキュラム作り、生徒募集とた  くさんのお仕事をいただき、開校にこぎつけたのでした。
・学校は2000年代には終了しましたが、この経験が今までスクールを
 52年続けてこれた根本になっていると考えています。
・人にはピンチもチャンスもあること。
 そしてこのチャンスを生かすも殺すも自分自身であること。
 そのための勉強と力をつけておくことの大切さを、ひしひしと実感した出 来事でした。
・そして現在もスクール講師をしながらショップの商品作りも続けています 生徒さんたちの笑顔にかこまれ毎日好きなことをして元気にお仕事できる ことは最高の幸せです。
 人生100年時代、生涯現役を目指したいです。


#私の仕事

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?