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天丼が食べれない男のインバウンドへの恨み節

ランチを少し奮発しようと思って、近所の天ぷら屋に向かった。平日の昼どきはコース料理だけでなく天丼も何種類か提供していて、なんとか手の届く価格帯なのだ(とはいえ、そば屋の天丼よりは高い)。

店に着くと、外に置かれたメニュー表の上に「本日は予約で満席です」との札がのっている。外国人観光客が多いエリアなので、その影響だろうと思っていると、メニュー表に書かれた「申し訳ございませんが」からはじまる謝罪文に気がついた。

単価の低い天丼メニューは先月に一掃され、ランチもコース料理だけしか提供できないとのことだった。これもまた外国人観光客をターゲットにした戦略だろう。コースだと価格は2倍から3倍になるので、席が空いていたとしても、天ぷら屋でのランチはあきらめるしかなかったのだ。

こうしたインバウンド需要による価格上昇は、近所の天ぷら屋だけでなく、当然、観光産業全体に波及している。東京のビジネスホテルの宿泊料は、コロナ前の2019年の1.5倍になったという調査もある。東京だけでなく大阪や京都など外国人人気の高いエリアで価格上昇は顕著で、筆者自身も先月の大阪出張で、2万円以上のビジネスホテルしか見つからなかった。以前は1万円払えば泊まれるホテルがいくらでもあったのに。海外旅行のみならず、国内旅行も「高値」の花になってしまった。

一方、インバウンドによる観光業の活況は、食料品(輸入品)やエネルギーの物価高の元凶である円安を食い止めるという一面もある。観光業のように外貨を取得できる産業の存在が不可欠だ。

かつてはメイド・イン・ジャパンの自動車や家電製品が海外市場で絶大な人気を誇っていて、それが為替レートのバックストップになっていた。円安になれば日本製品が売れるので、外貨を稼ぐことができた。その結果、為替市場で、円が買われて円高ドル安に動く。

しかしながら、現在では、日本に強みがある輸出製品が減っていて外貨を稼げなくなっていたり、生産基盤が海外に移ったことで外貨を稼いでも為替市場での円買いにつながらなかったりする。そうした点では、外国人向けの観光業が円安を食い止める主要な産業の一つとなっている。

失われた30年を経て、日本は観光立国を目指すようになったのだが、観光業には大きな問題がある。労働集約的な産業なのだ。工場みたいにフルオートメーションとはいかない。旅館で食事を運ぶ仲居さんやビジネスホテルで清掃するスタッフなどの多くの労働力が必要になる。

いまの日本で観光収入をさらに増やすことを考えると、他の産業から労働力を奪い取ることにつながる。そうなると、高騰するのは天ぷら屋やビジネスホテルだけではすまない。

少子高齢化がすすむ日本で、ますます労働力不足が進むと言われているのに、労働集約的な観光立国を目指すのはいささか無理がある。

少人数で大量生産できるような新たな輸出商品やサービスの開発に力を入れないといけない。テクノロジー分野や高度な製造業、クリエイティブ産業など、今後の成長が期待される分野への投資と支援を強化することが求められる。

さもなくば、天丼も温泉も楽しめなくなってしまう。


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