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愛せない日があることを。岸田奈美さんの『もうあかんわ日記』と公園へ
今日をどうしても愛せない日がある。雨の日ならぜんぶ雨のせいにすればいいけれど、青空の下では自分のせいにしかできなくて落ち込んでしまう。1年に365日もあると、どうしてもご機嫌に愛をもって過ごすことができない日がざらに発生してしまう。
できるだけストレスフリーに働いているはずでも、おいしいものを食べたはずでも、好きな音楽を聴いているはずでも、それでもどうしても、なにしたってダメダメな日がある。それは平凡で和やかな毎日を過ごすなかでの甘えではあるけれど、できるならばそのまま甘えることなく今日を大切に過ごしたいものだ。
てわけで、そんな日は空き時間を無理やりつくってでも公園に行って、太陽にあたることにしている。今日を前向きに過ごすための足掻きは日光浴。息をしっかり吸えて頭が回りそうなら、本を読んでみる。
本は小説でもエッセイでも、そのときの自分が手に取ったものにする。なんだっていい。
青空の公園へ
週末、本屋さんの文庫新刊棚で出会ったのは岸田奈美さんの日記だった。その日はなんだか他にも買う本があって、手のひらに何冊か積んだなかの1冊だった。家にも積読の山があり、読みかけの小説もあり、今日買った本の山はいつ登りはじめることができるのだろうかと首をかしげながら本棚の横に仮置きした。
昨日はどうしようもなくダメな日だった。雨ならばすべてを諦めてしまって、すべてをお空のせいにしてしまって、もう今日はダメな日でーすと高らかに宣言できるのに、空は青くて太陽は眩しかった。ダメなのはわたしの内側だけで、青空をうらめしくにらみつけるだけの朝だった。
そうしてわたしは公園に行くことにした。相棒を見つけるために積読の山を見ると、目が合ったのは岸田奈美さんの日記『もうあかんわ日記』だった。もうあかんわ、って言葉をなんだかわたしも言いたくなって、手に取った。
『もうあかんわ日記』岸田奈美 著
この本には岸田奈美さんのもうあかん日々の日記が綴られていた。お母さまの入院と命に関わる大手術、おばあさまのタイムスリップ、弟さまの自立、家電さまの故障。うわあ、ってなる現実。ぜんぶ想像できるわけなんてないけれど、ちょっと想像するだけで気が滅入りそうになる現実の詰め合わせ。
目を背けて逃げたくなるような現実のなかで「もうあかん」って言いながら綴られたリアルタイムの日記が、そこにあった。そこにあるのに、そのまま書かれているのに、悲壮感だけがあるのではなくてなんとも不思議な日記だった。悲劇が喜劇に、とはこういう感覚のことなのだろうか。
それは決して、おもしろおかしく書かれている、というわけではない気がする。繰り返される鳩との死闘、突然はじまる深夜のパン作り。そのどれもがおもしろいしおかしいエピソードではあるのだけれど、そこにはギリギリで毎日生きている切実さみたいな、でもそのなかで明るさを見出す強さみたいなものがあふれている。読んでいると笑ってしまうのに、目頭がきゅーんと熱くなる。
わたしはこの本を公園で読んだから危険だった。笑っちゃうし、泣いちゃう。危険人物になっちゃう。犬の梅吉さんとのエピソードなんて、めちゃくちゃおもしろくてにやにやして読んでしまうのに、いつのまにか並んで歩く岸田さんと梅吉さんの後ろ姿を想像してしまって、そこにある愛の温度が勝手に伝わってきて、気付いたら涙が出ていた。寒くてよかった、って思いながらマフラーに顔をうずめてちょっと泣いた。
今日を愛せない日があることを
ダメな日だとしても今日を無駄に過ごしたくなくて、どうにかするためにわたしは公園に行って本を読んでいる。そこに行けば散歩をしているおじいさまおばあさまやら、永遠に滑り台を滑り続ける子どもやら、わたしとおなじく何してるかわかんない人やら、だれかしらがいる安心感がある。太陽にあたって時間を過ごすことで、なんとか前向きになれる気がする。
けれど、それでもやっぱりダメな日もある。太陽にあたったってやっぱりなんにもやる気が出なくて、こんな自分で、こんな生き方でいいのかなあ、なんて不安が増幅してしまう日もある。あるんだよなあ。
この『もうあかんわ日記』には「もうあかん」毎日が綴られていて、潔くて眩しくて、なんだか楽になれた。今日を愛せるまでにはなれなくても、あかんなあ、って思いながらどうにか今日を生きられるような気がした。
悲劇を喜劇に変える強さはいまのわたしにはないけれど、今日を愛せない日があることを、なんでもない日があることを、自分で受け入れてみてもいいのかもしれない。なんて思いながらも、またダメな日のわたしは公園で日光浴して足掻いてみるんだろうなあ。
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