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運動音痴がジムに行ってみた話。 #入門編
私はかねがね、運動とは無縁の生活を送ってきた。
もともと体力はない方だし、運動神経も良くなかったため、体育の授業は毎回憂鬱であった。自分だけが苦手でいるならまだしも、周りの皆に迷惑をかけることがなんとも居た堪れず、体育大会のリレーや組体操などは、なるべく目立たないように、勤めてきた。
月日は過ぎ、社会人になった私は、とても土日に出歩く体力は残っておらず、休みの日は寝てばかりいた。昼まで寝る。昼寝もする。夜は夜で寝る。そんな日々が続いていた私に、ある日エンジニアの叔父が、ジムに通う話をしてくれた。
叔父は昔体育こそ嫌いだったが、ひょんなことがきっかけでジムに通い始め、今は趣味でフルマラソンにも参加している。
「mmは部活動も趣味もずっと文化系だったでしょ」
「皆自分のために来ているから、別にどうこう言われることはないし」
「これまでとはまた全然違う方面のことを知るのも、
楽しいよ」
叔父が話すのを聞いて、私は「そうかなぁ」と半信半疑だった。しかしその一方で、仕事に行き詰まった社会人が、筋トレを始めて元気になった、というのも聞いたことがあった。何しろ筋肉は良いもので、「人間は裏切るが筋肉は裏切らない」とか「メンタルを鍛えたり自信をつけたりするには筋肉を鍛えるのが一番」とか「筋肉は良い。だって嫌いな奴がいても、本気出せばいつでも倒せるようになる」とか。
まぁ通うかどうかは置いておいて、行くだけ行ってみようかな。今特別キャンペーンをやっているらしいし。もし肌に合わなければ辞めよう。
そう思い、私は自転車を漕いで近所のジムに向かった。
#1 骨がない
諸々の手続きを済ませて初回見学に行くと、特典として「パーソナルチェック」なるものを受けた。
それは、現在の体重や脂肪率、筋肉量などが測定でき、今後どの部位を重点的にトレーニングしていくかの参考になるというものだ。
凹凸のない、これといって面白みのない私の体だが、プロの目というのは欺けない。あちこちにくっついた脂肪、とても足りない筋肉量、それら差し引いた2.0kg以下の骨量。色々なものでひた隠しにしてきた真相を、きっちり数字で示してきた。
「いつも厳しめに数値が出るので、あまり気にしないでくださいね〜」
受付の方は笑顔でフォローしてくださったが、私は内心動揺を隠せない。何ということだ。脂肪が至る所にくっついてるのは勿論のこと、そのくせその辺のダンベルより私は骨がないのか。あるかないかで言ったらない方だとは思うけど、こんなにないことある?
体重計の上位互換みたいなこのマシーンで、なんでも色々わかるものなんだなぁと思っていると、
「じゃあ今日ちょっと、いくつかマシンやってみましょうか」
初日でいよいよマシンデビューとなった。
え、早すぎん?こんなに気軽なものだったのか。
私が初めて体験したマシンは「レッグプレス」。
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椅子に座り、両足を90度の角度で壁につける。そのまま足の力でグッと押しこみ重りを引き上げる、お尻や太ももによく効くマシンだ。
「こうやって、両足でゆっくり押してくださいね」
悠々と器具を動かすその方の動作を見て、ふんふんとやり方を確認して、見様見真似でやってみる。
動かない。あれ?やり方間違ってるかな?
念の為もう一度やり方を教えてもらい、ぬぬぬと力を入れてみる。すると、てこが作用するようにゆっくり何か動き始め、見ると私の押す力で重りがそっと浮いているのが分かった。よし、やっと動いた。
が、動かすだけで終わりではない。浮いた重りを、今度は落ちるスレスレまで、ゆっくり下ろしていく。
あっこれはわかる絶対しんどいやつやんと勘づいた頃には時既ニ遅シ。
その方のいる手前、終始平気な顔をして、えへへと笑っていたが、終了後子鹿のようにプルプルする内腿を引きずり帰宅した。痛い。歩いても痛い、座っても痛い。特に階段がきつい。動かさないにしても痛い。
自分は一体何をしに行ったのであろうか。皆こうなるがためにお金を払って通っているのか。ただでさえ仕事が大変なのに、何故休みの日に痛い思いをするんだろうか。何より、自分はこんなにも体力がなかったのか。そりゃ毎日しんどいはずである。
今回テストでしたのが大体10回くらい。「これを毎回15回、3セットくらいがいいですよ〜」お姉さんの練習メニューが脳裏をよぎる。
入会してみたけど、やっぱり自分には無理なんじゃないかなぁ・・・とにかく今日は疲れたので、あっという間に寝てしまった。
#2 適度な無関心
「ああ筋肉痛だね、鍛えれば治るよ」
翌日、筋肉痛の足をかばいヨタヨタと歩く私を見て家族は言った。叩いても痛い、動かしても痛い。骨の行方が気になることと、なんだかやられっぱなしが悔しいこともあり、この筋肉痛を治したいがために、私は二度目のジムへ向かった。パーソナルチェックを受けた時から、私はとっくに運営側の掌の上である。
音楽プレーヤーにBon JoviやQueen、B'zなどそれっぽいリスト、ポカリスエットにミニタオル。それと消毒用のタオルも忘れずに。それらをミニバッグにまとめていざ行かん。テストプレイでヨボヨボになってた人間が何を言うかと思うが、私はなんでも形から入ってみたがりなのだ。
ひとまず、前回惨敗したレッグプレスを中心に、ちょっと重りの重さを下げてやってみる。鍛えたら治るとはよく言ったもので、最初は痛いものの、やっていくうちに段々マシになってくる。なんだか体もポカポカしてきて、何かをやり終えた気になる。
音楽というのは不思議なもので、こんな私でも音楽ひとつで「今やっているこのトレーニングは、実は地球外から何らかの者が攻めてきた際に、愛する人を守るための訓練」に思えてきたり「プライベートはこんな感じです。そんな情熱大陸な休日」に思えてきたりする。(個人談)
そりゃあることはあるだろうな、と思っていた脂肪も、数値化されると具体性が増し、余計なんとかしたくなる。「普段ポテチをたらふく食べてるからよ、早く鍛えなさいよ、びしっ」脳内に鞭を振るう女王様まで現れる始末。(個人談)
なんで私はしんどい時に限って、こういうくだらないことを思いつくのだろう。
周りを見ればお兄さんにお姉さん、おじいさんやおばあさんも汗だくでトレーニングをしている。彼らは周りをキョロキョロ見回したり、他人のやり方を野次ったりもしない。自分のトレーニングを行い、それが終わればさっさと帰る。他人に執着しないその様が、なんだかかっこよく見えた。
・・・
今回はマシンに加え、水泳をすることを決めていた。
運動とは無縁の私だが、水泳は昔習っていたこともあり、まだ好きな方だった。筋トレは初心者だけど、泳ぎならまだなんとかなるだろう。
プールのレーンは何種類かあり、私が向かったレールには2人おじいさんがいた。人物同士には十分な距離感があり、これは自分のペースで泳げそうだ。早速泳ぎ始める。水の感覚が気持ち良い。水中での、声が遮断された空間が懐かしい。時々息が苦しくなるし、鼻に水も入ってくる。それは痛い。痛いけれども、懐かしい。
昔やってたことが今も役立つんだなぁ。何事もこうやってマイペースにできたら楽しいよなぁ、人に干渉されることもないしなぁ・・・
そう思っていたら、息継ぎの際、後ろから何か音がする。
見れば、人だ。同レーンのおじいさんだ。おじいさんは息の通ったバタフライで、すごい勢いで追いかけてきた。ちょっと待って。早く行かなければ、そう慌てて端っこまで追い上げた。
邪魔になったかもしれない。もしかしたら「早く行ってくれれば」って言われるかな。息も絶え絶えになって心配していたら、おじいさんは私のことも気に留めず、さっさと折り返してしまった。
私は、折り返す猛烈バタフライの背中を、暫しじっと見ていた。
皆、自分と戦っているのだ。
他の誰かができていないとか、他の誰かより優れているとか、そういうことはどうでも良いのだ。昨日の自分より一回でも記録が伸びているか、目標の記録までどれほど近づけているかが大切なのだ。もしかしたら、記録に意味は見出していなくて、もっと広い意味で、体力をつけてやりたいことを叶えたいとか、そういう目標を持っているのかもしれない。
人のことが気になるというのは、それと同じくらい、人から見られている自分のことも気にしているのかもしれない。私はそう思いつつ、ゆっくり折り返して泳いだ。自分の運動へのイメージは、学生時代以降まったく更新されていないのも知った。
あー疲れた。から数分経過した後の、「ん、割ともうちょい、いけるかも?」という感覚や、できないだろうと思っていたことが案外できた時の純粋な喜び。運動は、それを思い出させてくれるものだった。
私はこの感覚と干渉のなさがとても気に入り、できる範囲で良いから通ってみようかな。と思うようになった。具体的な目標はないけど、続けていれば何か発見することもあるだろう。
#3 散歩の距離が伸びていた
ジム通いを始めて数週間になった。
筋肉痛を訴える四肢が、「あー疲れた」と毎回嘆いている。夜は疲れているので、グダグダ考える暇もなく眠っている。
まだ腹筋が割れたり、林檎を素手で握り潰したりはできないが、強いて言えば、散歩に長く行けるようになった。前はちょっとの遠出には自転車が不可欠で、平日でも休日でもどこに行くにも、歩くのはとにかく億劫だった。散歩のついでにコンビニまで足を運んだり、遠回りして長く歩くことが多くなった。
「しんどいから嫌だな」と遠ざけていたことが、すんなりできるようになっていて、自分でも驚いた。
日々、
ちょっとだけ行ける散歩の距離が伸びて、
ちょっとだけ泳げる距離が伸びて、
ちょっとだけ夜はぐっすり眠れるようになった。
散歩をしながら私は、
ふと孫悟空の師・亀仙人の言葉を思い出した。
武術を習得するのは喧嘩に勝つためではなく、ギャルに「あらん、あなた、とっても強いのね~、ウッフーン」と、言われるためでもない!
武術を学ぶ事によって心身ともに健康となり、それによって生まれた余裕で人生を面白おかしく、はりきって過ごしてしまおうと言うものじゃ!
武術とはちょっと違うけれど、
心身ともに健康となり、それによって生まれた余裕で人生を楽しむ。
私がジム通いを続ける目的は、これかもしれないと思った。
もちろん、明確な目標があって鍛えている方に比べれば、まだまだヘナチョコだ。マシンでトレーニングする際も、結構な割合でスタッフにアドバイスをいただいている。操作がわからないマシンも、やったことのないトレーニングもまだまだいっぱいある。
だけどそんな運動音痴にも、運動というのは、やれば何かしら効果をもたらしてくれるのである。人を打ち負かす予定はないし、大層かもしれないけど、きっともっと続けたら、良いことがたくさんあるのだと思う。
ジム通い、始めてよかった。まだ痛いことが多いけれども、何でか日々ちょっとずつ、できるようになるのが嬉しい。
今度は、あのテレビを見ながら自転車漕ぐやつを予約して、30分くらいやってみよう。
そしてもしかしたら、これからもずっと続けていたら、
いつかモデルさんのような体型になったりするのかな。
そうなったら良いよなぁ。
甘い妄想を抱きながら歩いていると、ふと週末に予約してもらった「パーソナルトレーニング体験」を思い出した。
「筋トレと体幹トレーニングを組み合わせた、特殊なトレーニング」チラシをもとに説明しながら、お姉さんが笑っていた。
「オリジナルのプログラムで、お腹や太ももなど、体を引き締める効果がありますよ」
体を引き締めるだって。本当かな。
こうして私は甘い夢を抱きながらたったかジムに行き、
痛い目に遭うのであった。
次回。はじめてのパーソナルトレーニング「燃えよ体幹編」続く。
おまけ
続きました。
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