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方丈平家物語 伊藤俊也箸 その三

さらに俗界を捨てる覚悟で大原に代わる土地を探す、浄蓮上人の知遇を得た上人の父上とは歌会で顔を合わせてもいたから自ずと話が弾んだ。上人の氏寺が洛南日野に大伽藍を持つ法界寺であって、その寺域の外山に別院を建立したと聞き、私が方丈の庵の場所を探していると言うと、紹介をしてくれた。住まいに戻ると使いの者が寄人の飛鳥井雅経からの文を持参していた。文には、鎌倉の実朝様から勅選歌人の内誰か来ていただけまいか、是非直に教示願えればと言うて来ている。あなたを推進し同行出来ればと思います。断る理由はないよくぞ誘ってくれた躊躇なく承知したことを伝えた。私は直ぐに日野の法界寺を目指した、嶺に山守がいて案内人としては最適であった。水の利便のよい場所を見つけられ決めた。また思いついて琵琶を作った時の材料が余っていたので、これで継ぎ琵琶と琴を作ることにした。今回は神経を遣う必要もなく楽しんで作った。そして日野へに引っ越しをして、用意してあった材料で一気に山守と方丈の組み立てをした。木組みの土台は下鴨社本殿の方式に倣った。山守には鷹坊と呼ばれている息子がいる。方丈での生活は快適この上なし。読書や書き物鷹坊と一緒に散策を楽しむ、この日野の外山を選択したことは正解だった。何よりの幸運は山守と鷹坊と言う、二人がまるで私を待っていてくれたようにいたことだ。鷹坊は利発な子であった雨天の日など庵の中に入れて読み書きを教え始めた。かれは何よりも才能があった。でも琵琶を弾くときは鷹坊のいない時を見計らって弾いていたが、偶々一人語りで継ぎ琵琶を弾いているところを見られてしまった後は、学びの最中でも傍らに立てかけてある継ぎ琵琶に目を走らせるので、根負けした格好で琵琶を持たせてやった。こちらにも器用なところを見せ、いっぱしの音が出るようになった。雅経から便りがあり、この十月十三日の頼朝公の月命日に間に合うように鎌倉へ行ってくれということ。雅経は上皇の用があるので同行出来ないことは鎌倉には言ってある。行けば将軍はじめ一同歓迎してくれるはずだから、心配には及ばぬ同行出来ぬことは平にお詫びする。私の代わりに誰か付き人を連れていく分には構わないとも書き添えてあった。最近では鷹坊も腕を上げ時には鷹坊に継ぎ琵琶を渡し、私は隠していた手習を出してきて合奏することもある。しばらくは寂しい思いさせるから鷹坊を連れていくことにした。道中様々な名所旧跡も心に残る、最も印象に残ったのは小夜の中山で会った六十歳位の盲目の琵琶法師とそれを手引く小法師の二人連れ、この二人連れまるで私と鷹坊の二重写しに見え、無事を祈らずにはいられない。鎌倉に到着将軍実朝に対面した。二十歳、上皇より一回り若い。実朝は頭も良く学識も高い、毎日のように呼び出され歌談義は続く、私は歌論集もあるのでどんなに尋ねられても答えに窮することはない。次から次へと大御所の名前が出てくるので、目を輝かせて聞いてくれるのだ。程なく頼朝の忌日が来て法花堂にて念誦し読経することとなった。上洛する頼朝の威風堂々たる姿、また義経や滅びていった平家の面々。いつの間にか頬を涙が伝う。最大のお役目も勤め上げたので暇乞いを。実朝は私に対して感謝の弁を述べ。父親の法要に祈りを捧げ記念となる歌まで詠んでいただいたと、私はお招きを謝しお暇を頂戴する旨告げた。実朝は餞にと言って二つ歌を見せてくれた。実朝の妻は坊門信清の娘だ。この信清の姉七条院殖子が高倉上皇との間に産んだのが後鳥羽上皇だから、切っても切れない関係だった。数度の旅費にも余る餞別を貰って鎌倉を後にした。私は鎌倉に行った事でさらに明確になった目標。[新古今集]に十首[千載和歌集]に一首載っただけという一歌人に過ぎない、世に何かを残さなければならない。土産を持って次童丸に会いに行くつもりでいたところ、次童丸が不慮の事故で死んでしまった。幼い頃糺の森で会った時からの友涙が止まらない。私の人生最早書くことしか残っていない。私は全く相反する二つの書物を書き残そうと構想した。終の棲家となるだろうこの方丈庵に至るまでの道程、境地を描く随想題して[方丈記]もう一つ構想は極めて対照的なもの少年時代から夢想していた物語を作ること、私には源氏物語を書くことはできないから男に書ける物語男だからこそ書ける物語、この時代を振り返ってみると源平というには余りにも平家の時代が色濃く、むしろ平家の勃興と滅亡に絞るべきだと思った。源氏物語に対する平氏物語、源氏に対し平氏では余りにあざといから[平家物語]とした。源氏勝利あれだけの花形であった義経の最期まで知っている、平家物語とするには平氏の後裔たちが次々と狩り出され胤が尽きさせられるところで終わりにしよう。この平家物語こそ、琵琶で語ることができるよう言葉と文章を彫琢して調子のよいものにしたい、鷹坊にこの物語を琵琶に乗せて語り聞かせた、すでに琵琶を弾くことも上達していた鷹坊は、自分もやってみたいと言い出した。私は継ぎ琵琶を渡し手習を取り出して、弾き語りを口移しに教えた。それからは鷹坊は毎日通い詰めめきめきと上達した。今はそれが私の楽しみとなっていた。東国への旅で出会った琵琶法師と小法師を思い出し、我が身と鷹坊を重ねてみた。一度試しに町へ降り鷹坊と一緒にこの物語を弾き語りして行脚するのも悪くないなどと思った。でもやはり手習を持ち出すのはためらわれる。何処に見破る目があるかもしれないもう一つ継ぎ琵琶を作ってからだ。ある日、突然本物の琵琶法師が現れた鷹坊が連れてきたのだ。その法師は[平家物語]とやらを是非とも習いたいと言うのだ。このおしゃべりめ余計なことをと最初は思った、琵琶法師の実直そうな様子に、いや実際の琵琶法師に語らせてみるのも面白いかもしれない。こうゆう人が何人か現れて全国各地に散らばって行けば、そしてその作者はと問われれば皆が皆私の名を挙げてくれる。自分が歩き回るよりいいかもしれないと妙な打算も働いて承知した。それ以来毎日鷹坊に連れられて通って来た。鷹坊のところに寄宿しているそうだ、ある日、調べものがあって遠出することになり、予め琵琶法師と鷹坊にはその日の稽古は休みにした。普段ならいつも鷹坊を誘うのだが、この時は琵琶法師もいること声を掛けなかった。鷹坊も別に共をしたいと言い出さなかった。私は一応の目標は達したので、帰りを急いだが道のりもあったので、庵に帰り着いた時は日がすでに暮れかかっていた。何故か庵の前に立った時に嫌な感じがした、急いで中に入ると継ぎ琵琶が無かった覆いを掛けた手習はあった。些かほっとしながらも大事な書籍や下書きを入れてある革籠を確かめる変化は見られない、奥に置いた新しい箱の蓋を開ける、一番怖れていたことが目の前に起こっていた。[平家物語]の一切が無くなっていた。それだけが。私は山守の住まいに駆け下りた。山守は待っていたように駆けよって来た。土下座してあいつはあの琵琶法師と一緒に逃げました。私の所から有り金全部持ち出して。琵琶と他に何か大事そうに包みを抱えていたのをみましたが、その時はそのまま家を捨てていくなど思いも及ばなかった、あの琵琶法師にたぶらかされたのです。親切にしてやったのに、自分が盲であることを利用しあいつの同情をうまく利用したんです。あなた様から琵琶の他にやはり金目のものをと恐る恐る切り出した。それはない。ほっと安堵の表情を見せた、私は金に変えられぬ大事な宝を失っているのだ。あれから時がたつ大事なものを次々と奪われ、最後に次童丸を奪われてさえ、その悲しみと無常観を発条として生きてきたが。今度ばかりは張を失い脱力感の中に揺蕩うように生きていた。全てを失った今何一つこわいものはない、だが今生の終わりの時、それを自らが知らないで逝ってしまうのだけは避けたいものと思い。この外山の寺に住むようになった禅寂を尋ね、死の用意として月講式をしたためるよう依頼した。講式とは普通祖師などの徳を賛嘆する文章を言うのだが、月はお気に入りの歌題でもあったし特別に依頼した。[方丈記][無名鈔][発心集]もついでに預けてきた。今や失われた[平家物語]にも方丈記のように完成した年月日を記し署名をしておけばよかつたと思うが、所詮奪われたのだから。あの二人何処ぞで平家物語を弾き語っているだろうか、山守がそのような噂を耳にしたというが、定かではない。たとえ詠み人知らずであっても[平家物語]が全国に広まっていく日が来れば、今は本望とするしかない。主導権は鷹坊だろう。あの琵琶法師がその内鷹坊にお役目ご苦労さんと捨てられる気がする。鷹坊なら明き盲いや盲その人に成り切って琵琶法師を演じ切ると思った。一人自由に[平家物語]を聴衆に聞かせ喝采を浴びながら全国各地を行脚し、女や弟子を作りいずれ小坊師も雇って、平家琵琶の座の様なものをつくってその長に納まる鷹坊を想像する。いや私ももう少し永らえて[平家琵琶]の将来の姿を見たい、私にも再び力が蘇る気がする、自ずと腹の底から笑いが込み上げてきた、思わず笑っていた。   
鴨長明、後鳥羽院の和歌所に寄人として定家や家隆達と共にいたとは、その時は四十七だった。定家より七、八歳年上長明は従五位下地下と言われる身分、養子に行った父方の祖母の実家は宮大工を取り仕切る家だった。また神社と奉納される音楽の関係は深い。長明は出家し浄土宗を学ぶ。長明は方丈記を書き上げてから四年後建保四[千二百十二]年六十二歳あの世へ旅立つ。実朝の暗殺、承久の乱は知らない。平家物語の語り始めを書す、まさに平家物語の主題を述べている。
 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必哀の理をあらはす。奢れる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂には亡びぬ。偏に風の前の塵に同じ。平家物語の作者は鴨長明であった。   
歴史好きのかたお勧めします。お読みください。
 


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