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物語が生まれる理由 book review

『クレイ』
デイヴィッド・アーモンド・作
金原瑞人・訳
河出書房新社

 アーモンドの作品は、きわめて感想が言いにくい。言葉にしてしまうと、どれも違うような気がしてくるからだ。
 大反響を呼んだ『肩甲骨は翼のなごり』は、私にはあまりピンと来なかった。けれど、その数年後の『ヘヴンアイズ』は、衝撃だった。澄んだ水が身体の中に、流れ込んだような読後感だった。

 そして『クレイ』は、粘土のひんやりした感触が今も消えない。

 舞台は六〇年代、イングランドの田舎町フェリング。主人公のデイヴィは悪友のジョーディと一緒に、学校へ通う傍ら教会で神父の手伝いをしている。時に祭壇からワインをくすね、タバコを吸い、罪のない悪さを繰り返す日々を過ごしている。

 唯一の問題は、ペロー出身、プロテスタント一派との争いだ。ゲームみたいなモノだと親たちは笑うけれど、モウルディだけは違う。十六歳で酒場に入り浸り図体も大きく危険だ。

 ある日、一人の少年が町に越して来た。名前はスティーヴン・ローズ。彼の出現で日常は狂い始める。

 スティーヴンはクレイジー・メアリーという、町のいかれた老女の元に身を寄せている。風変わりな彼には、様々な噂が飛び交う。父親は突然亡くなり、母親は気がふれたとか。納屋で遠吠えして、墓場で泥の塊を運び、悪魔礼拝に関わって神学校を放校になったとか。

 スティーヴンは天使を見たと言う。自分は神に選ばれた人間だとも。粘土の塊に生命を与え、動かすことが出来るとも。

 そんなこと、誰が信じる?

 危険だと知りながら、デイヴィはスティーヴンの闇に、足を踏み入れてしまう。言われるままにキリストの血と体を盗み、儀式を行い、粘土男を創りあげてしまう。そして、自分でも信じられない光景を目にすることになる。一生消せない、影を背負うことにも。

 朝になると、闇は姿を消す。時は前へ進みつづける、とデイヴィは言う。ガールフレンドとキスをすれば、恐怖は薄れる。時とともに薄れる記憶もあるだろう。けれど事実は消えない。もしも、粘土男クレイの誕生と死が幻だったとしても、犬の死とモウルディの死は消せない現実だ。スティーヴンが姿を消したことも…。

 こうやって少年たちは、大人になっていくのだろうか。こうやっていつの間にか、大人になっているのだろうか。

 物語の終わりは、春先の光を感じだ。不気味な闇の記憶は、私にはすでに薄れていた。目に浮かぶのは、庭に横たわるクレイの姿だ。ゆっくりと時間をかけて土に還っていく。そこにはもう恐怖はない。やがてクレイの体から芽が吹き、若木の小さな森ができる。クレイジー・メアリーの瞳にも、光が戻って来る。時は流れ、季節は巡る。

 作家の小川洋子さんが著書の中で、こんなことを述べていた。『言葉にできないものを書いているのが小説ではないかと思う』と。

『クレイ』に限らず、私はアーモンドの作品は、言葉にできないモノが書かれているように思う。言葉にできないから、物語を書くのかもしない。彼の物語を言葉で伝えようとすると、どの言葉も疑わしい。だんだん私は、後ろめたい気持になってきた。

同人誌『季節風』掲載

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