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また夏が終わる
「原平助!あんたのことが好きなの!」
セリフがなんども頭に浮かぶ。わたしはこんな風にストレートに好きの気持ちを言葉にしたことがないし、感情を誰かにぶつけることもほとんどない。ぶつけるのは時に良しとされないことだってあるけれど、それでも今のわたしには羨ましかった。
いつも感情を薄める癖がある。相談事を話すとき、ほんのひと握りしか相手に伝わっていないように思う。けど、その点では短歌はわたしに合っているのかもと思える。核となる部分からぶれることなく、かといって誰かに伝わらなくても良くて。ちゃんと、外に出せた感覚がある。
でもやっぱり誰かがわかってくれたらいいな、という気持ちがついてくることもまた本心で。短歌の話を母にした。この短歌に出てくるじいちゃんというのは母方の祖父のことだ。
「帰る、っていうのが感慨深いね」
ああでもないこうでもないと言葉を組み合わせて完成した短歌だったけど、帰るって言葉自体は自然に出てきたものだったから驚いた。そっか、たしかに。帰るっていうのは、自分の家ってことだ。
幼稚園の頃、わたしは一人でじっと絵本を読んでいたと聞いてちょっとわらった。アルバムの中のちいさなわたしが、部屋の真ん中にちょこんと座って真剣なかおをしているのが頭に浮かんだ。
どこに出掛けたとかの写真は残っていたし、ちらほら覚えている出来事もあったから、なんとなくその時期のことを知っている気になっていた。でも実際は、母が覚えてくれていたおかげで初めて知ることがあってなんだか嬉しい。
小学生の頃、母と図書館に行っては一度に借りられる10冊だかの本をどれにしようかと考えていた。中高ではそんなに本を読んだ覚えはない。
本が好きだなあと実感がぐっと高まったのはこの数年のことだと思っていたけど、案外もっとずっと前から始まっていたのかもしれない。
* * *
岡野大嗣さんの、短歌・散文集
「うたたねの地図 百年の夏休み」を読んだ。
噴水はときどき会いたくなる光 会えばたちまち満たされながら
石ころを家まで運ぶつまさきが他人事みたいに愛しいのです
光景機 いちばんお気に入りのエラー あなたはあなただけの光景機
映画のエンドロールみたいにぼーっとする。
感情が強く揺さぶられるだけが「好き」ってことではないのが今はわかる。
誰かを好きになったぐらいで、あなたは自分をなくさない。
譲れない「好き」がある自分を誇りに思える自分が好きだ。きっとこれから先も、いろんなものを好きになったり好きじゃなくなったり。そんな変化のなかで私は私のまま。
いられるかな、いられるといいな。
ああ、また夏が終わるね。