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サブカル大蔵経115 斎藤文彦『プロレス入門』(ビジネス社)

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 プロレスと仏教は似ている。プロレスラーと僧侶は似ている。ファイトと週プロの活字プロレスに中島体育センターで観戦帰りの考察。私はプロレスに全てを学んできました。外来、道場、対世間、偶像、挫折、表現、団体、伝達、師匠、説得力…。すべて仏教とプロレスは似ています。

 週プロで、長きに渡り連載を続け、先月からカミノゲで新しいプロレス社会学をプチ鹿島さんと始めた斎藤文彦、フミ・サイトーの「論文」。

 ソラキチ・マツダから始まり、力道山体験への日本へのプロレス外来史が第一章。テーズ・ゴッチ・ロビンソン・ホッジ・ハンセン・テリー・ブッチャー・シンへのインタビュー。そのあとはアメプロ史。

プロレスとは何か。プロフェッショナル・レスリングとアマチュア・レスリングのどちらが古いかと言うと、実はプロレスの方がその歴史は古い。p.14

 プロレスの再考察。仏教も再考察しなければならない。

プロレスをプロレスたらしめる「反則」と言う概念。握りこぶしによるパンチが反則とされているのは、レスリングとボクシングと言う2つの格闘技をきっちりと区別するための大前提である事は言うまでもない。げんこつで殴る行為がルール上で認められると、試合はあっという間に殴りっこになる。レスリングとはあくまでもグラップリングで、ボクシングはストライキングを目的とした競技である。1990年代に誕生したプロ格闘技はこのパンチ攻撃をルールで認めているためアマレス柔道柔術出身の選手たちがグローブをつけて殴り合いを演じると言う不思議な現象が起きている。握りこぶしによるパンチだけが反則で、肘・膝による打撃、頭突き、蹴りはオーケーと言うルールは、競技の安全性とその整合性を考えた場合、理論的な辻褄の合わせ方が非常に難しいところではある。p.17

 プロレスにおける反則をあらためて考えたことなかった。格闘技とプロレスの相似と違い。仏教と他宗教、新宗教の違い。

プロレスには他のスポーツのようにユニフォームと言うものがない。p.18

 平成維震軍の作務衣くらいか?

プロレスと言うジャンルでは、やる側が提示したものを見る側が否定しなければ、それはプロレスの中のサムシングと言うことになる。p.19

「サムシング」!これぞフミ・プロレス!仏教ではサムシングを「味わい」という。

プロレスファンと言うライフワーク。プロレスと付き合っていく作業のうちの半分は実際に試合を見ることで、もう半分はその試合について考え、プロレスとプロレスラーについて考え、語り合うことだ。p.23

 ファンではなくライフワーク

広辞苑では、プロレスとは興行として行う職業レスリング。p.26

 興行の元祖は寺社仏閣の勧進。縁日に芸能、相撲。プロレスも…

プロレスの試合で意味を持つのは各瞬間で、持続ではない。観客はある種の情熱の瞬間的映像を期待し、プロレスでは意味の読み取りを要求する。p.30  

 私も〈一瞬の説得力〉を見に行きます。法話も一言を聴きに行きます。

結論から言ってしまえばプロレスの方が先に存在していて、プロレスよりも後からアマレスが生まれた。アマチュアとプロの分離はそもそも近代オリンピックから始まった概念である。大相撲と学生相撲の関係と全く同じ。最新の研究では1820年頃フランスでプロレス巡業の原型がスタートしていることが明らかになった。グレコローマン・レスリングはその名称とは裏腹に古代ギリシャとも古代ローマと全く関係なく、19世紀後半のフランス人とイタリア人の発明。1898年フランス人レスラーのポールボンズが初代世界グレコローマン王者に認定されるとヨーロッパのプロレスの中心地はパリに移りプロレス興行の舞台となる。p.34

 ヨーロッパが中心地だったのか…。仏教もインド、中国、日本。ではなく、西アジアやイランなども視野に入れるべきかも。

フランスでは1856年八百長疑惑が社会問題化しパリでの興行が一時禁止となった。一方アメリカでは1867年1月ニュージャージー州でタイトルマッチ。1936年にはテキサス州でタックマッチが行われる。日本のプロレスも、タッグマッチから始まった。1954年2月19日、シャープ兄弟対力道山・木村政彦p.41

 パリ八百長事件とタッグ史。仏教ではタッグマッチは内陣か三人葬儀か。

力道山曰く、プロレスはね、ガチンコの中に八百長があって、八百長の中にガチンコがあると考えればわかりやすいですよと答えたとされる。力道山は新聞記者に相撲用語を使ってプロレスのなんたるかを伝えようとした。p.45

 相撲用語。今や一般化されたガチンコ。仏教ではガチンコと八百長は何にあたるか。おそらく不可分。

猪木は1966年3月、最終調整のためハワイに馬場・吉村と合同トレーニングを行う。ところがハワイに潜伏していた豊登に説得され新団体参画を表明。今も語り継がれる太平洋上の略奪と呼ばれる引き抜き事件である。豊登は、日本プロレスは馬場の1枚看板。お前が日本に帰っても馬場の上には行けない。俺がお前の力になってやると言う殺し文句で口説いた。23歳の猪木がプロデュースしたインディー東京プロレス。豊登の友人新間寿が営業部長のポストに着いた。2戦目でギャランティーの未払いで試合がキャンセルとなり、これに怒った観客がリングを破壊し暴動を起こすという日本プロレス史に残る"板橋事件"が起きた。p.147

 トヨが歴史を作った!仏教史も釈尊や七高僧もみなドラマと歴史のアヤがある。

3月11日、デブ・シェイと言う女性からメッセージを添えた友達リクエストが届いた。写真をよく見てみたら3時の母になったデビー・マレンコだった。p.179

 そうなんですよね、日本で暮らしたことのある外国人の方が心配してくれた。

テーズはプロレスラーのタイプを分類するときに、レスラー・ワーカー・パフォーマーと言う3つの表現を用いる。馬場さんは?グッドパフォーマー。UFCは?レスリングとは異なる競技。WWFは?レスリングを提供しなければならない。プロレスリングの定義は1度も変わっていません。85歳のテーズ。p.204

 このテーズ分類をスティーブ・ウィリアムスも使っていた。マイク・ロトンド、これ本物、と。

 僧侶もテーズ分類してみたい。レスラー、ワーカー、パフォーマーのどれか?自分は?

テーズとの違いは、ゴッチはドイツ訛りの英語をしゃべる観客動員力のない実力派レスラーと言うことだった。p.210

 ゴッチは鑑真か?

私は神ではない。ウォーターフロントから来たブルーカラーのキッド、と続けた。ウォーターフロントとはゴッチが思いを馳せる生まれ故郷アントワープの事だった。p.219

 神扱いを否定するゴッチ。アントワープ…。ネロとパトラッシュとカール・ゴッチ。ルーベンスとゴッチ。

ハンセン。まるでオールドタイマーのインタビューだな。レースでもフレアーでも彼らの話が決まって俺はこんなこともした俺はあんなこともしただろ。私はあの真似だけはすまいと心に誓っていたんだが、気がついたらこんなことをしゃべっていた。だめだな。p.278

 思い出を語りたがらないハンセン^_^

ブッチャーは、藤原を「バッドニューズの友達。フジワラはシュート。バットニューズもシュート」と振り返った。p.344

 アレン幻想高まる。

 僧侶のシュートとは?

エイブラハム・リンカーンがプロレスラーだったというストーリーがある。1831年イリノイ州ニューセーラムの"デントン・オファッツジェネラルストアと言う雑貨屋前の広場でジャックアームストロングと言う人物と戦ったとされる試合だ。リンカーンはこの時代に定期的にレスリングの賞金マッチに出場していたようだ。大統領就任30年前のエピソードである。p.381

 大統領リンカーンも"レスラー"だった。北部と南部の戦いは団体戦だったのか?

レイヴェンがドレッシングルームに若いボーイズたちを集め、心の闇、内なる声、デジャブといったテーマで説法を始めた。p.610

 この辺のレイヴェンはガチで、ECW幻想がふくらむ。プロレスの再開放。試合をしないプロレスラー。もたれかかるプロレスラー。僧侶も「試合」よりも、試合以外の語りか?それも含めた試合。型どおりの試合を捨てて開ける世界。試合とは何か?

トランプvsビンス。彼はアメリカ大統領にだってなれる人物です。p.650

 トランプがリングに上がったのは覚えている。プロレスの、アメリカンプロレスの、アメリカの、オチ。

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永江雅邦
本を買って読みます。

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