サブカル大蔵経995佐々木閑『100分de名著 ブッダ最期のことば』(NHK出版)
ブッダは今でこそ世界の偉人として神格化されていますが、当時の弟子たちにとっては自己鍛錬システムのインストラクターのような存在でした。p.21
仏教の正しい理解のため、まず、ブッダ・釈尊を神格化しない手続きを踏んでいく。業界の佐々木閑さんへの絶大な信頼感。貴重な学術論文を出しながら一般にも啓蒙。律、理系、非僧の3大マウントで既存の教団や坊さんに風穴を開け続ける。
ブッダが作り上げた独自の「組織論」です。p.6
涅槃経とは、組織論だと。出家僧団と在家、互いが共存できる特異な組織の秘密。
それを頭では受け止めたふりしながら、現代の日本仏教の〈システム〉の中でどっぷり浸かっている私がどうもがけるのか、組織と共倒れになるのか。
インドや南方仏教を当てはめる必要があるのかと、今までは言われてきたのかもしれませんが、古い経典や律の内容が実は斬新で、ブッダと日本の僧侶が意外に身近なところもあることを伝えてくれる薄くて深い一冊。伊集院の聞く姿を思いながら読む。まさに経典スタイル。
仏教サンガのコンセプトは「拡大」ではなく「維持」にあるからです。p.22
いわゆるイケイケの組織には向かないが、現代でも参考になるという組織運営論。
サンガとは、全員が無職無収入の集団なのです。p.44
野宿がデフォルトな僧侶。寄進により住まわせてもらっているという自覚。
サンガは先にも申し上げたように、一般社会からの余り物で生きていく、完全依存型の組織です。p.46
在家信者と出家者の二重構造というシステムが仏教を支えるためには、在家信者と僧侶の間の信頼関係が必須。その為の努力。
ブッダは「全知全能の救済者などどこにもいない」という確信のもと、「普通の人間が自分の力で究極の安楽を見いだすにはどうしたらよいか」という問題を自力で解決し、それをまわりの人たちにも教えてくれた、一人の人間です。p.51
神の代弁者でも、救済者でもないブッダ。やはり『終末のワルキューレ』の釈迦を想起します。
つまり全体をまとめるとこうなります。「私の葬儀は最高レベルで執り行え。遺骨もストゥーパに納めて拝め。拝めば天に生まれ変わることができる。しかし出家修行者つまり僧侶は、その遺骨崇拝に関わるな。出家修行者は本分である仏道修行にのみ専念せよ」こうして見ればブッダの言葉は、出家、在家という二重構造で成り立っている仏教の、それぞれの立場の人たちに別個に語られていることが分かります。p.91
類書で焦点になっている釈尊が指示する葬儀方法の箇所。本書ではここでも二重構造をキーワードに説明されています。
日本のように、僧侶がお葬式を取り仕切ったり、セレモニーの中心になったりすることはないのです。では、その南方仏教国のお坊さんたちは、なんのためにお葬式に行くのでしょうか。答えは、ご飯を食べて、おみやげをもらうためです。p.92
葬儀において、僧侶には引導を渡す力もない。儀礼の中心ではない。これ、浄土真宗の葬儀の位置付けに近いのでは?
お坊さんは亡くなった人を供養するためではなく、自分が供養されるためにお葬式に行くのです。p.92
遺族に功徳を積ませるための僧侶。
釈迦の仏教と大乗仏教、それぞれの利他。小乗仏教は自分だけの独りよがりという大乗の批判は的外れだと。
お葬式で供養を受けたお坊さんは、遺族に何かお礼をしなければなりません。でも、お坊さんは何も財産を持っていませんから、品物では返せません。そこでその場でお経を読んだり、ブッダの教えを分かりやすく話したりするようになりましたーこれが、お葬式のルーツです。p.93
布施のやりとり。一般のイメージと順番が逆。読経の対価でも仕事でもなく、接待のお礼としての法施。しかし、前回紹介したグレゴリー・ショペンの著作では、その後の僧院においては、サンガ維持のため、僧侶が仕事として読経することが述べられていました。
本来のお葬式のスタイルは、日本では葬式よりも法事に受け継がれていると思います。p.93
なぜ、遺族が昼食食べなくても僧侶にはお持ち帰りのお膳やお土産を用意していただけるのかがわかりました。大乗仏教だと言いながら、インド古来の伝統だとは…。いただくということも功徳ということを肝に銘じて。
南方仏教国のサンガは、完全な年功序列組織です。一日でも一時間でも早く僧侶になった方が上座になります。/本人の偉さと序列の上下は無関係なのです。p.96
昨今、芸人が語る吉本興業システムを思い浮かべました。どんなアホな先輩もたてるし、能力のある後輩にも奢らなければならない。そこで培われた信頼関係がよしもとを潰さなかったのかも。
吉本興業こそ、僧侶以上の、現代の代表的なサンガなのかもしれません。