夏はグロテスク
家族が入院する日。
きょうだいと同席してお医者さんから治療の説明を受けていた。細胞を取り出して、また来るべき日に体内に戻すのだと言う。少し特殊な治療内容の話を具体的に聞いていると気分が悪くなってきてしまった。
私は保健の授業で“怪我の手当て”の映像見たときも貧血になったし、友だちが骨折した話を詳しくするのもほんとうに聞くのが嫌だった。医療系ドラマは手術シーンがなくても当たり前に見られない。
パイプ椅子のぎぃぎぃという音で、気を紛らわせようとしていた。それでも耐えられなくなったので退出し、病院のトイレで吐いた。普段は水しか飲まないのに、今日は“いつもと同じ日”じゃないからという理由で自販機で買って飲んでいた桃のジュースはぜんぶ吐いてしまった。
吐くと水分がなくなる。さっきのジュースを飲む。また吐く。とにかくひどい貧血で、気を紛らわせたくて、がんがんがんがんトイレの扉に頭をぶつけていた。病院のトイレだけど床のタイルに横になって楽になりたいくらい苦しかった。ずっと口の中に桃の味がしていた。
少し落ち着いたかもしれないと治療の説明を聞いていた部屋に戻ったが、そのあとも貧血がぶり返してきたため耐えられず、その場はきょうだいに任せて再び退出した。
結局入院する家族に最後一言「頑張ってね」すら言えず、そのままきょうだいの運転する車の後部座席で横になって家に帰った。普段は助手席に座っているが、普通に座っている事すらできなかった。
後部座席で横になって見上げた車の窓からは、すべてが逆さまに映っては流れていって、空が雲ひとつなくあまりにも青すぎて、情けなく、「夏が始まってしまった」と思った。
*
今年も夏になった。
年が経っても思い出す。大きな病院特有の空気感やそのときの生活ごと思い出す。こんな日があった。それ以上でも以下でもなくて。改めて思い出して書いてみると1000文字にもならない。その程度のできごと。それが逆説的にさえならなければ、ずっと救いでいられる。こんな日もあった。それでなにか心が楽になれるなら。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?