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スイスと新潟県三条の伝統工芸のコラボ|鎚起の腕時計 2013

僕と伝統工芸の関係は実に永い。伝統工芸が破綻しようとしている時代に新しい市場を開発しようと職人たちと様々な挑戦をしている。最初は高岡、その後、金沢や新潟でやっている。新潟は金属加工の中心だ。

鎚起銅器とは江戸時代中期に仙台から伝わった技術だという。鎚起とは槌(つち)で打ち起こすという意味で数百種類の金槌と当て金を使い分けて銅板から立体を起こす技術である。僕が親しくしていたのは人間国宝だった玉川宣夫さんを生んだ玉川堂なのだが、広い板敷きの工房で一人ひとりが孤独に制作に打ち込んでいてまるで道場のような神聖な場所の雰囲気を漂わせていた。

柄もつき口も付いたやかんを一枚の板から叩いて起こすという離れ業をやってのける技術の持ち主たちである。板から立体を起こしてしまう技術も感動なのだが、僕がこの腕時計のデザインで利用したのは槌で打った美しい石目と表面処理である。化学反応で輝きのある美しい金属面が生まれる。それを腕時計のフェースにしようと考えたのである。

新潟とは何年かのデザイン指導の仕事で訪れたのがきっかけで関係が生まれた。高岡と同様、長い歴史をもつ伝統工芸があり、燕市と三条市は金属加工の日本のメッカにもなっている。この地域の企業にデザインの指導をするのが僕の仕事だったのだが、地域のもつ伝統的で優れた技術を僕のほうが多くを学んでいた。
全国の地場産業は市場の変化に対応して国際化を狙っていた。自分たちの技術を世界に売り込みたい、そのためにデザインを学ぼうというのである。

一方、僕はヨーロッパの様々な展示会に足を運んでいた。市場調査でもあるのだが、新しい時代の感覚を感じようという日頃の行動の一つでもある。感覚を学ぶのにはファッションショーがいい。衣装デザインは常に時代感覚に敏感だからよく足を運んでいた。そんな行動の一つでスイスだったかドイツだったかの展示会を歩いていると声がかかった。スイスの時計会社である。日本にも訪れたことがあるらしいその男は僕にその場で腕時計のデザインをしてくれという。
スイスは家具のデザインで何度も通っている。友人たちもいるしなんと言ってもきれいな街と自然がある。

この美しいスイスの腕時計の会社と豊かな伝統をもった新潟県、燕三条の鎚起銅器が結び合うことになった。僕が二つを繋いだのである。
あの美しい金属を腕時計のフェースにしよう、そう考えたのだ。本体であるケースはステンレス製の既製品である。この既製品に鎚起銅器のフェースが美しい金属をまとうことになった。

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《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。

〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。

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