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桐工芸の伝統工芸 |桐のキャビネット

本当に懐かしい、僕の少年時代に必ず畳の部屋の壁沿いに置いてあった「箪笥」。今ではそれがすっかりそれが無くなった。この桐のキャビネットはその懐かしさと心の痛みを感じながらデザインし、職人たちと製作した思い出がある。あの畳を敷き詰めた伝統的な建築で昔からの生活を支えた日本独自の収納家具である。

日本の文化は総合的で完成度の高いものだった。畳の床と着物という衣裳、それを収容する箪笥という収納。夜具や床に置く灯り、化粧の仕方やかんざしなどの装身具・・・などが一つになって深い関係を持つ道具たちだったし完成された文化だった。

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箪笥は着物という衣裳を収納する代え難い家具だった。浸水して流されても桐が膨張して隙間を塞ぎ、中の衣装は濡れない仕組みを持っていた。桐はそれ程に水が木材を膨張させて引き出しが密になるのだ。接着剤を用いない高度な接合・組み立て技術、それは同時にコンテナーにもなり、お嫁に来る時に衣装と共に運び込まれたものだった。
日本の家屋は柱梁の構造で壁がない。すくない壁にこの箪笥が置かれていた。

生活が大きく変わって建築の西洋化が始まり、畳が消えると着物の生活も消えていく、着物を着なくなると箪笥は一緒に滅びていく。蛍光灯の照明が天井で異常なほどの輝きを放つとそれが近代の夢となって、しっとりとした素材や空間が消えていく。デリケートな感性が殺伐とした新しい近代の夢に打ち消されて影の美しさがなくなる。
空間だけではなく、陰影は価値でさえ無くなっていく。あからさまな知恵と物質性が生活を覆って思想の影さえ消えていく。影が美の象徴だった日本の美意識がズタズタになっていくプロセスが近代化だった。

斜陽化する桐箪笥メーカーとこの桐の家具を作った。緻密な引き出しである。一つの引き出しを閉めると別の引き出しが押し出されてくる。内部の圧縮された空気が漏れるところを失って、引き出しを押し出してしまうのだ。これは職人の自慢でもあり誇りでもあった。温暖湿潤な湿気を吸ってピタッと外気を遮断するから湿気によって着物が痛んだりしない。日本の気候風土と生活がこのような家具や畳の生活や着物、履物の文化を、そして装身具や灯りの文化を生んだのである。この桐の箱はそのような、日本の文化へのオマージュである。

僕の中に、もう一つの思いがあった。それは倉俣史郎のことだ。彼が僕にくれた箱家具がこんな形をしていた。「引き出し」に聖性をさえ感じていたのではないかと思う程に、彼は引き出しにこだわりを持っていた。それが僕の脳裏に焼き付いている。桐とは全く関係がないのだが、それでも引き出し家具は僕には倉俣史郎である。

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《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。

〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。

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