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産まれる場所は選べない⑥【幼かった私の本音】

病院での寝泊まりはどのくらいだったかな?正直覚えてないけど、多分一週間とかそのぐらいだったと思う。ある日、真夜中に二人の男性が来た。一人は年配で一人は30代ぐらいだろうか?その二人は静かに母に会釈した。あ、きっと私のお兄さんだ。直感でそう感じた。それと同時に父が居なくなるんだろうなと理解した。約、三年前に祖母が旅立ったあの日の夜ににていたからだ。

母に「寝なさい」と言われたが中々寝れず、覚えてないのだけどその人達と母はずっと無言だった気がする。外が明るくなりバタバタし始めた。多分夜中には亡くなっていたのかもしれない。

印象に残っているのは私の腹違いの兄が「あの人」と言ったこと。まるで他人かのような言い方だった。年配の人は父の一番上のお兄さんだったらしい。きっと腹違いの兄は渋々ついてきたんだろう。


私が父を目にしたのは火葬の時だった。棺に入っていた父は頭の先から足の先まで包帯でグルグル巻きだった。まだ小学低学年の私からしたらホラーでしかない。だけど不思議と涙は出なかった。骨になって出てきた時も涙が出ることはなかった。

火葬の時、私や兄の学校の先生達もいたのだけれど、母も涙は見せなかったように思う。もしかすると、怒りや悲しみを通り越して"無"だったのかもしれない。

納骨を父の実家のお墓にするため今度は私達が九州の実家へ行ったのだけど、誰一人として悲しんでいるようには見えなかった。唯一、「絶縁だ!二度と敷居を跨ぐな!」と過去に言ったらしい祖母だけが微妙な顔をしていたように思う。家柄もよかったあの家では父は厄介者だったのかもしれない。55歳という若さで亡くなっているのだけれど、好き勝手生きた結果にしろ身内にすら悔やまれずに亡くなった父をちょっと不憫に思う。だけど、当時の私もこう思っていた。


「やっと、やっと、穏やかな家になる」

ホッとした記憶しか残ってない…

アルコール依存症患者の平均寿命は、男性で50代。女性で40代。女性の方が短いのは男性よりも肝臓が弱いかららしい。原因は病気はもちろんのこと、事故、自殺も多い。

そう、父が亡くなった時、幼かった私は思ったんだ。

やっと穏やかな日々が送れると。

ホッとしたんだよ。

そんな私の心は、もっとズタズタになる。今思えば父が生きていた頃はまだマシだったのかもしれない。まだ私の"心"があったかもしれない。アルコール依存者がいた方がマシだったなんて笑えないけどね

この経験が、後に「カウンセラー」になりたいと思った要素の一つだと思う

つづく


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