コトバと存在:この世界の全てを表現できるか
1.大思想家が挫折したこと
(…Facetimeの呼び出し音)
ーはうあーゆースミさん。
あいむふぁいん、さんきゅー。コイさん、今日は休息とれてますか。
ーうーん、いろんなメールが来てなかなか心が休まらないよー。
とりあえずこれから髪を切りに行く。
いいですね。美容室って心地よい深い眠りができますよね。
ーうん、なかなか疲れがとれないからなあ。もうごちゃごちゃしたことばっかり。
スミさんは今日は何してたの。
わたしは本読んでた。哲学の世界でハイデガーと格闘してた。
ーおお、いいね。
うん、これが結構面白くて。
ハイデガーは何がすごいのかというと、それまでの西洋哲学では捉えきれてない「存在」の意味を明らかにした、ということらしいんだけど。
ーほほう?
でも最終的に、自分の矛盾に気づいちゃって苦悩したんだって。
「近代西洋の思考様式」の限界を打破したいのに、自分の説を表現するには、その「近代西洋のコトバ」に頼らなきゃいけない。
・・・形而上学とは異質なものを形而上学の言葉を使ってうまく語ることができなかったというだけではなく、形而上学の言葉を用いることによって、形而上学とは異なるものがあたかも形而上学と同じものであるかのように誤解される危険を招いてしまった・・・(『ハイデガー「存在と時間」入門』轟孝夫より)
ーなるほど。それは面白い。
この限界と自己矛盾に気づいちゃって、それで『存在と時間』を書くのを途中でしやめちゃったらしい。笑
ーへえー、知らなかった笑。
でも20世紀に流行った構造主義って、そういうことじゃなかったっけ。
あー、ソシュールとか、デリダとか。最近、入門の本よんで勉強してみた。
2.コトバが人間の現実をつくっている。
難しいと思って敬遠してたけど、コトバは人間が現実を理解する道具だ、てのはなるほどなと思ったよ!
ソシュール(1857-1913) -コトバは世界を区分する記号である。
フーコー(1926-1984) -現実は、言語習慣によって構成される。
ロランバルト(1915-1980)ー社会活動は、記号の活動である。
(参考:『『現代思想のパフォーマンス』難波江 和英、内田 樹より)
ーすごい思想家の考え方とかって、どこかに共通点や接点があるよね。
うん、世界とか人間の成り立ちについて、だいたい同じようなことを言ってるのって、面白い。
そうだ、ジョージオーウェルの小説『一九八四年』も思い出した。近未来の超全体主義の社会。
ーミニストリー・オブ・トゥルース(真実省)。
そうそう笑。
この中に出てくる政策のひとつに、言葉をどんどん短縮していく「新語法」ってのがあって。語彙を減らすことで、危険思想とか概念を存在ごと無くす、っていうやつ。これもそういうことだね。
ーそうだね。ほんと、頭いいよね。笑
だから、昔から、人はこの「コトバの限界」を超えるべく、色んな表現を追究してるよね。
3.空海はすごい
と、言いますと?
ーいや、例えば空海ってすごいよね。
真言宗の。
ーそうそう。空海は、悟りの境地をお経以外にも色んな方法で表現したわけでしょ。
インフラを整備したり、高野山を開いたり、あとは書道とか曼荼羅とかも。
言われてみれば。コトバに頼ってない。
ーね。ほかにも、踊念仏とかもそうなんじゃないか。
念仏を唱えるだけじゃなくて、踊って信心を表現する。
確かに。あとは、ぐるぐる回るスーフィーとか?
言葉では表現できないものがある、っていう前提で、神と一体になるための行為なんだよね、これ。
ーうん。世界的に見ても、特に中世の密教の関係は、この言葉の限界を超えようとしたんじゃないかな。
なるほどねえ。
形式的な儀式に意味があると思いがちだけど、色々悩んで考えた末に行きついた、別の表現方法てことなのかな。
ーそうそう。
でもね、すべての人がそんな思考プロセスをたどるのって大変じゃん。
だから、その儀式に到るまでの悩みってだんだんすっ飛ばされて、形式だけが残っちゃう、ってこともあると思うのよね。
ー歴史上、宗教でもよく論争のテーマになってるね。
個人的に気になる。本当はその思考とか悩みのプロセスが大事なのに、とりあえず踊れば救われる、って意味があるのか?とか。
わたしは宗教について詳しくないから、誰かに聞いてみたいや。
ーたしかに。
まあ俺は逆に、思考プロセスを苦心して辿らなくても、その儀式にのっとりさえすればよい、ていうのも大事なんだろうと思うけどね。どうなんだろ。
なるほどねえ。
ー今度聞いてみよう、詳しそうな人いるよ。
そろそろ予約の時間だ。じゃあいってくる。
はーい。じゃあリラックスしてきてください。
ーありがとう。そちらはゆっくり寝てください。
はい、じゃあまたね~、ばいばい。
(…Facetime終了)
★参考文献★
『ハイデガー「存在と時間」入門』轟孝夫(講談社現代新書)
『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』
山口 周(KADOKAWA)
『一九八四年』ジョージ・オーウェル(早川書房)
『現代思想のパフォーマンス』難波江 和英、内田 樹(光文社新書)
TEDxJaffa "Hirling Dervish: The mystical dance of the Sufis" (Ora and Ihab Balha)