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行きつけのブックカフェ跡地を引き継ぐ。そして初めての融資──書店(など)制作記#1

結論から言うと、2025年5月に、もうかれこれ6年以上暮らしている横浜・白楽の地で、書店(など)を開業することになった。

ここ1ヶ月ほどであまりに急ピッチに話が進んでいき、自分でも何が起きているのか把握しきれなくなってしまいそうなので、これからできるだけ週に一度くらいは、開業に向けて何をしているのかを、できる限り生々しく、書き残していくことにした。マガジンも作ったので、よろしければフォローお願いします。

もちろん宣伝につなげたいという魂胆は、大いにある。ただそれだけではなくて、僕は「できるだけ多くの人々が、片手間でちょっとした書店を営むこと」がこれからの出版文化、あるいはまちの多様性において、とても、とても大事だとけっこうまじめに考えている。だから、これから似たようなことをしたいと思い至った人、あるいはぼんやりと似たようなことがしたいと思っている人に、少しでも参考になる情報が提供できればという、ちょっとした祈りにも近い気持ちで、気張らず一筆書きのブログとして、この「制作」の経過を書き残していくことにしたい。最近は文学フリマを中心とした同人誌ブームが活況で、「本をつくる」ことのハードルがかなり下がっている感覚があるけれど、書店づくりも同じように、もっとハードルの低い「制作」として捉えられるようになるべきではないかと思い、あえて「開業記」ではなく「制作記」とした。

最初なので一応簡単な自己紹介もしておくと、僕は書店で働いた経験はアルバイトも含め「ゼロ」の、編集を生業としている零細自営業者。ふだんは主に人文・デザインなどの領域を中心に雑多に、紙媒体からウェブメディアまで媒体を問わず、テキストを中心としたコンテンツやそれらが生まれる仕組みをつくることでご飯を食べさせていただいている。一年以上アップデートできていないのでそろそろアップデートしなきゃなんだけれど、一応簡単なポートフォリオも置いておきます。

編集という仕事は、決して割が良い仕事でもないし、そもそもテキストがどんどん読まれなくなっている中で、基本的には「斜陽」と名指されがちな厳しい状況に置かれていることは否定しがたいと思う。でも、僕はもうなんだかんだ7年ほど続けている編集という仕事が結局はけっこう好きで、これからもできる限り、気持ちとしては一生をかけて探究していきたいと思っている。ありがたいことに今関わらせていただいているプロジェクトはどれも本当に刺激的で、自分としてチャレンジしたいことは常に湧き出てきている。

だから今の仕事をやめて、背水の陣でイチかバチかの賭けに乗り出す、というわけではない。編集の仕事はこれまで通り続けつつ、いわば新規事業として、「書店(など)」というビジネスを始める、というわけだ。

なぜ急に「書店(など)」なのか、というか「(など)」って何なのか、ほんとにビジネスとして成り立つのか、なぜ横浜・白楽なのかなど、開業にかけて個人的に抱いている思いや問題意識のようなものは実はめちゃくちゃたくさんあるのだけれど、それを書きはじめたらめちゃくちゃ時間がかかってしまいそうなので、それは追々この制作記の中で小出しにしていけたらと思っている。

というわけで、ひとまず今回は、

・フリーランスの編集者である僕が、
・ここ6年以上暮らしてきた東急東横線・白楽駅から徒歩1分以内の場所で、
・週に3日ほど開く書店(+ちょっと飲食)であり、
・月に1回くらいは(おそらく人文やデザイン関係の)識者を招いたトークイベントを開催するイベントスペースであり、
・そうした公式イベント以外にも、小さな読書会や勉強会、あるいは間貸しキッチンとしてさまざまな人のちょっとした探究のプラットフォームとして使ってもらうスペースであり、
・開店していない時間は「本屋の中で仕事や読書ができる」コワーキングスペースであり、
・あと自分の編集事務所のスペースもちょっとだけあるような、小さな複合文化施設のような場所をひらく(その属性の複数性ゆえの「(など)」である)
・また追々話せればと思うけれど、基本的に「書店」というビジネスモデルは利益率も売上高もめちゃくちゃ低いので、「赤字でも続けられる」ような全体ポートフォリオの組み方をする
・とはいえ、赤字はやはりしんどいので、1年後くらいには単月黒字を目指す

という基本情報だけいったん記しておく。

あととても重要なこととして、この一見唐突に見える宣言の裏には、僕にとってはとても必然的な背景がある。

それは、この「書店(など)」の場所は、もともと僕が一人のお客さんとしてめちゃくちゃ通わせていただいていた「ブックカフェはるや」というお店の跡地、ということ。

細かい経緯や思いなどはまた追って書いていけたらと思うが、簡単に言うと、僕はここ数年「はるや」にもはや書斎かのように通わせていただいていて、店を切り盛りされている草野史さん・小檜山想さんにはどんな仕事仲間よりも顔を合わせていたくらいだったのだけれど、長崎への移転のために昨年末に閉店することになり、その跡地を引き継がせていただくことになった、という経緯だ。冗談抜きにここ数年の僕の制作物の多くはこの「はるや」での作業によって生み出されたものだし、「はるや」なしにまさか自分が書店を営むなんて展開にはならなかっただろう。この制作記に「あとがき」があるのだとすれば、間違いなく最大限の謝辞を書き記すべき存在だし、「はるや」もこの春から長崎・三川町にて改めて開店されるので、ぜひお近くの方は立ち寄ってみてほしい(もちろん僕自身も、その開店を心待ちにしているはるやファンの一人だ)。


……というわけで、前置きは一旦このあたりにして、今日はひとまずここ1ヶ月ちょっとの急展開の軌跡を書き記しておくことにする。

【2024年12月1週目】「ブックカフェはるや」閉店

前掲の「ブックカフェはるや」、惜しまれつつも閉店。僕は最後の数週間はほぼ毎日のように顔を出し、何なら最後の閉店の瞬間も共にしていた。

じつは閉店が決まった数ヶ月前には、なんとなく「はるやがなくなるし、自分で近所にちょっとした書店をつくれないか」という考えは浮かんできていた。もちろん、「はるや」の跡地でできたら最高だとは思っていたのだけれど、けっこう広いのと、駅近なこともありやや家賃が高く、近所でもうちょっと狭くて、駅からも遠い手頃な物件を探そうと思っていた。このときはまさか1ヶ月経たずに「はるや」跡地を契約することになるとは思いもしなかった。2025年の夏頃開業を目指して、来年の春に向けてゆっくり物件を探そう……なんてぼんやりと考えていたのが、今となっては懐かしい。

【2024年12月2週目】気軽な気持ちで不動産屋さんへ。「はるや」跡地開業説が急浮上

なんとなく近隣での店舗物件の情報は漁り始めていたのだけれど、ひとまずは、お隣駅の妙蓮寺駅にある「くらしとすまいの松栄」という不動産屋さんに相談に行ってみることにした。松栄はいわゆる街の不動産屋さんなのだけれど、妙蓮寺・白楽・菊名近辺のエリアでここ数年さまざまな新しい面白いお店や動きを支援していて、近隣の店舗を取材するウェブメディアも精力的に運営しており、僕自身もいち住民としてよく読んでいた。妙蓮寺でここ数年さまざまな文化を生み出し、最近は「このお店があるから妙蓮寺に引っ越してきた」という人もいるくらいと噂の「生活綴方」という本屋さんも、この松栄さんがかなり噛んでいるようだ。これから白楽で新しいことを始めるなら、つながっておいて損はないだろう……くらいの気軽な気持ちでお問い合わせフォームから連絡し、アポを取った。

アポでは、自分がやろうとしている書店(など)の話を簡単にして、この街で新たに店舗を始めるうえでの有益なアドバイスをたくさんいただいたのだけれど、一番大きかったのは「はるやの跡地を引き継ぐ」という選択肢が急浮上した点だ。本当ははるやの跡地でやれたら最高だけれど、予算面の折り合いがつかず、別の場所を探しているという旨を伝えたら、代表の酒井さんに、コワーキングスペースというモデルを組み合わせることで収益を増やし、家賃の予算オーバー分をまかなうという方法を提案してもらった。実際、前掲の生活綴方は「本屋の二階」というコワーキングスペースを併設しており、かなりの収益が上がっているという(ちなみにこの「本屋の二階」も松栄さんが一緒に立ち上げたそうだ)。

現実的な見込み収益を聞いていると、かなりアリな気がしてきた。自分は長いフリーランス生活の中で、コワーキングスペースはそれなりに利用してきたので、どんなスペースが求められているのかはある程度肌感覚でもわかる気がする。何より「小池さんは自分がすごい居心地が良くて、仕事場として通っていたんですよね?であればその良さをマネタイズしていくべきです」という言葉が、とても腑に落ちた。そして予算面で気持ちに蓋をしていたけれど、大好きだった「はるや」の跡地が、自分にとって何の関係もない場所になってしまうのが、寂しくて耐えられないという気持ちが、自分の中にあったことに気づいた。そうして、「はるやの跡地で開業」という説が急浮上した。

それからこの週に、「はるや」でよく使っていた椅子と机を譲っていただく。とても嬉しく、気が引き締まった。そのときに「はるやの跡地で開業」の方向性で考えている旨も伝えた。

【2024年12月3週目】物件申し込みへ

そうと決まれば、早速「はるや」の跡地の物件確保へと動き出す。

ちなみにはるやの跡地物件は、松栄さんでは取り扱っていなかった。それでも、松栄の酒井さんは「まちに面白い場所が増えるのが一番の報酬なので」と、コンサルティングフィーなども取らずにさまざまなアドバイスをしてくれ、今後も人をつないでくれたり相談に乗ったりしてくれるという。自身もさまざまに飲食店舗を立ち上げて失敗した経験などもあるようで、シビアに数字面を検討したうえで、それでも店主が大切にしたいことは絶対にぶらさずに実現するための方法を一緒に考えてくれ、とても頼もしい。し、こんなに良くしてもらっているのだからと、良い意味でのプレッシャーにもなっている。

少し話題が逸れた。とにかく、「はるや」の跡地物件を取り扱っている不動産屋さんに連絡し、早速お店に行くことになる。白楽駅前の地域密着の不動産屋さんで、当然前のオーナーである「はるや」の夫妻のこともよくご存知なので、スムーズに話が進む。ただ、この物件がけっこう人気で、既に内見予約が何件も入っているとのこと。確実に押さえたいなら、いま申し込むしかないという旨を伝えられる。家賃発生のタイミングはずらせるとのことなので、意を決して申し込んでしまった。

【2024年12月4-5週目】Chat GPTと事業計画書作成。政策金融公庫で融資の申し込みをする

さて、物件を申し込んだとはいうものの、かかる初期費用の額面(おおよそ100万円ほど)をいざ目にすると、かなり怯んでしまった。さらに開業にあたって必要な資金を計算すると、居抜きで内装工事があまり必要ないにしても、ざっくり見積もってもおそらく合計で300〜400万円はかかる。僕はこれまで基本的にフリーランスの受注仕事で生計を立ててきたので、初期投資ががっつり必要なビジネスを、しかも自分の責任で営んだことはないので、急にプレッシャーが襲ってきて、この週は少し憂鬱な気持ちになっていた。

しかし、支払いが必要なタイミングは具体的に決まっているので、お金の工面はどうしてもしなければいけない。自己資金も多少はあったものの全部賄うのは難しいし、何よりフリーランスという安定しない身分ゆえ、自分にとってはある程度の貯金が精神衛生上必要だということもわかっていたので、できれば自己資金には手をつけたくなかった。宣伝もかねてクラウドファンディングはやろうと思ったけれど、300〜400万円を集めるのは現実的に難しいだろう。

ということで、金利が低く、保証人も必要ないという評判をたまに聞いていた、政策金融公庫で300万円ほど融資を申し込むことにした。最近できた「創業融資」という枠組みも評判が良いようで、しかも自分は31歳なので、若者支援的な枠組みにも当てはまる。というわけで急ピッチで必要な書類を用意して、2-3日の準備期間を経て申し込んだ。

ちなみに融資の申請に必ず求められる事業計画書に関しても、作るのは初めて。とはいえ今から専門家に頼むのは時間的にも厳しいし、初期投資はできるだけ抑えたい……というわけで、ちょうど最近ローンチされて話題を呼んでいたChatGPTのo1-proを、月額3万円なので高いとは思いつつ、専門家に頼むよりは安いと考え契約。結果、ひたすらGPTと対話しているうちに、事業計画書がものの数時間ででき上がってしまった。こんなにあっさりできるものなのだろうかとやや不安にもなったが、必要な情報は入っているし、自分で検算・チェックして問題ないと判断し、GPTと一緒につくったものを提出した。肌感覚だが、やりたいこととおおよその数値が頭の中にありさえすれば、あとはそれを必要な形式に落とし込みつつ精緻に計算していく作業になるので、かなりAIに向いている作業な気がする。とにかくちょうど良いタイミングでo1-proをローンチしてくれて本当に助かった。Open AI様様である。

またこのタイミングで、法人化するか個人事業主のママで行くかも検討。新しい事業を始めるにあたって、融資などを受けるためにも法人化をけっこう真剣に検討したのだけれど、法人化にあたって必要な初期投資がある程度はあるのと、何より最初は赤字前提の新規事業によって利益が大きく減ることが想定されて法人化による節税メリットがあまりなさそうだったので、一旦見送った。

申込みはすべてWebで完結し、かなりスムーズだった。申込みをした夜の翌朝、さっそく担当者から連絡が来て、年明けすぐに面談をしてもらえることになった。あまりにスムーズでスピーディーで驚いた。ちなみに創業融資、新しい事業を始めるというわけじゃなくても、運転資金の確保などでもすごい良い仕組みだなと思ったので、フリーランス諸氏はぜひ検討することをおすすめしたい。個人事業主であっても、しっかり収益さえ立っていれば、特に信用面では問題なく捉えてもらえるように感じた。

それから「はるや」のお二人とランチ・お茶をしながら、そろそろ店名を決めていかないとと思い始めたのがこの頃。おそらく選書やイベントの内容はわりと堅めでマジメな感じになりそうなので、逆に店名をひらがなベースでゆるくすることでハードルを高くしないこと、そしてもしできれば何かしら「はるや」要素を入れたいこと……くらいしか決まっておらず、あらためて「はるや」の店名の由来も聞きながら、そろそろ覚悟を決めて考えないと、と思いを新たにした。

そんなこんなでバタバタと年末を迎える。なんというか、店を始めると決めると、まちの見え方が大きく変わった。いちプレイヤーとして「まちづくり」的な感覚を生々しく持つようになったし、何よりどんな店もおそらくはこうして最初に融資を受けるなどして(自分よりももっと大きな額の)初期投資をして始めているのだということに、当たり前なのだけれど改めて気づき、あらためて大きな敬意が生まれた。

そして毎年書いている年末の振り返りブログでお店のことをちらっと書いたら、予想以上に好意的な反応がもらえて、元気が出た。

それから年の瀬には、近所の馴染のお店に開店のご報告をしつつ、あらためて近所の神社で今年一年の感謝と、来年このまちで場所をもたせていただく報告を、祈るようにした。

【2025年1月1-2週目】融資面談、そして融資決定へ

年が明ける。ここ数年は、1月1日の朝、川崎の実家に寄りがてら、実家の近くの神社まで散歩しつつ初詣をするのが習慣になっている。だいたい大吉だったのだけれど、今年は初めて末吉が出た。幸先が悪いと思いつつ、これは「調子に乗らずに頑張れ」という注意喚起だと捉え、よく読み込みつつ、神社に結んでおいた。ちなみに自宅近くの神社であらためて引いたら、そちらは大吉だったので、結果的に悪くない結果だったのではないかと思っている。とにかく今年は、いつにも増してたくさんの神社で、長く初詣をして、お店がうまくいきますようにと祈った。経営者は神社仏閣で祈るのが好きだという話はよく聞くけれど、こういう感覚なのかと、零細自営業者ながらに思った。

さて、年明け最初の営業日に、融資面談。ネットでいろいろ調べると、そんな圧迫的な場ではないようだけれど、流石に緊張する。5年前くらいになにかの機会で買ったものの、ほとんど使っていなかったスーツを珍しく着込み、いざ面談へ。すると、思った以上に有効的な場だった。個人的な所感だが、事業モデルの有効性や見込みというより、「仮に事業がうまくいかなくても、ちゃんと返済をできそうか」をしっかり見ているように感じた。1時間程度の面談で事業モデルの有効性を判断するのは難しいし、結局はやってみないとわからないので、政策金融公庫として「貸したお金が戻ってこない」という最悪のケースを避けるための面談、という気がする。だからわりと質問としても、もちろん事業計画についても聞かれたけれど、既存の編集業でどれくらい売上が立っているのかとか、貯金がどれくらいかとか、家族関係でのリスクヘッジがどれくらい見込めそうかとか、そういうことを重点的に聞かれたような印象。何はともあれ、特に大きな問題もなく面談が終わり、ほぼほぼ満額下りそうな手応えを得た。そしてその数日後、300万円満額おりることが決まった。

この週は、あらためて物件の内見もした。空っぽになった「はるや」を見ると、色んな感情が湧き出てくるが、あらためて気を引き締める。

ここの2階が店舗スペース。階段必須なことだけがネックなのだけれど、ベビーカーや車椅子でいらっしゃる方は全力で人力サポートすることでなんとかバリアフリーにできればと思っている。
近隣を一望できる素晴らしい眺め。すり鉢状の地形に家々が建っている様子を、小説家・児玉雨子さんは「フジツボの街」という巧妙な表現であらわされていた(「本という扉と、フジツボの街」 ――白楽・ブックカフェ「はるや」で書評エッセイ集を読む | 児玉雨子のKANAGAWA探訪#12
ここがメインの書店・イベント・コワーキングスペースになる予定。
この奥の席がめちゃ居心地が良く、だいたいこのあたりに陣取って仕事や読書をしていた。ここは事務所エリアになる予定。

それからちょうどこの週に、僕が最も信頼・尊敬しており、名刺のデザインもお願いした同世代デザイナーの守屋輝一くんと久しぶりに飲む予定があったので、そこでお店のKV(キービジュアル)のデザインをしてもらえないかと打診。ありがたいことに快諾してもらえ、しかもクライアントワークと自社事業の両輪を回す先輩として、めちゃくちゃ有益なアドバイスや熱い経営論を交わせて、良い夜となった。

あとはこの週に、店の本棚に使う用に、「いちりんご 世田谷店」でリンゴ箱を5個譲っていただく。「はるや」でも譲ってもらったという話を思い出し、Twitterのアカウントをのぞいてみたところ、ちょうどリンゴ箱の受け取り手を探していたので、すぐに連絡するとご快諾いただけた。しかも無償で。本当に感謝しかない。というわけで、カーシェアを借りて、お店まで取りに行く。白楽から世田谷、基本的には第三京浜と環八の2本立てでシンプルに車で行けることを知りつつ、夕暮れの環八が誘う詩情に渋滞のストレスを癒やしてもらった。とはいえ何もお礼しないのはと思い、お店でふだんはあまり買わないりんごをいくつかと、なぜか売られていた川内有緒さんのZINEを買う。


【2025年1月3週目】物件契約。そして横浜の人文・デザインへ

この週は、申し込んでおいた物件をついに契約。契約は少し間を置いて3月から、かつ初期費用の振込も融資の着金後でよいとのことで、ありがたい。余談だが、ここ7年ほど引っ越しをしていないので久しぶりに不動産屋さんに行ったのだけれど、これから同棲しようとしているカップル、実家を出て一人暮らしんに踏み出そうとしている青年など、人生のワンシーンを覗き見させていただいているようで、楽しい場所だなと思った(まぁ自分も人生のワンシーンではあるのだけれど)。

そして、この週は、自分がよく仕事をしている人文・デザイン関係のデザイナーさんたちと、野毛……ではなくその隣の福富町で飲む機会があった。基本的に横浜は建築やアート関係が強いイメージで、人文やデザインが盛り上がっている地域ではないという印象なのだけれど、意外に広義の同業者や関心が近い人が暮らしている。あらためて、これから横浜の人文・デザインのコミュニティを盛り上げていこうと誓い合う、ワクワクする会だった。横浜の人たちはもちろん、都内の人たちと、もっと横浜で遊びたい。

ちなみにこれもまた追々書けたらと思うのだけれど、自分は川崎で生まれ育ち、ちょっとだけ杉並区で暮らした後、ここ7年間は横浜に住んでいるほぼ生粋の神奈川県民。しかし、川崎育ちだからなのか、お隣の横浜に対してはずっと複雑な感情を抱いていて、実はあまり好きなエリアではなかった。しかしここ数年、横浜市民としての歴が重なっていくにつれ、「横浜」にしっかり向き合いたい、もっと知りたいという気持ちが芽生えてきていて、そういう意味でも良いタイミングでの開業なのかもしれない。あ、それからよく誤解されるのだけれど、僕は「川崎」と言ってもあの工場とHipHopのまちの「川崎」ではなくて、そっちと真逆の川崎市麻生区(比較的有名な駅だと新百合ヶ丘駅とかがあるまち)の出身で、どちらかというと川崎アイデンティティよりも小田急線アイデンティティのほうが強い(どうでもいいけれど)。昔、それに関連する駄文を書いたのでいちおう貼っておく。

【2025年1月4週目】「デザイン」への無意識な日和りに気づかされる。そして「店名」問題に光明?

この週は特に大きな動きや意思決定はなかったのだけれど、前掲の松栄・酒井さんがあらためて時間をつくってくれて、妙蓮寺でランチしつついろいろご相談させていただいた。

そこで一つ怒られて(?)しまいハッとしたのが、初期投資を抑えようとするあまり、無意識に「デザイン」面のコストを妥協しようとしてしまっていたということ。「デザイン」は僕が編集者として関心を寄せている領域の一つで、ここ数年はデザインメディア「designing」を中心に「デザイン」の可能性や価値を探究してきた。そこで散々「デザイン」への投資の意義を問うてきたはずなので、いざ自分がお金を出すとなると、「デザイン」を無意識にコストカットの対象としてしまっていたのだ。そこで改めて、デザインには妥協せず投資しようと決めた。具体的には、もともと内装は、事務所エリアに間仕切りを立てるだけだから、空間デザインは自力で頑張ろうと思っていたのだけれど、いったんまずは前掲の輝一くんにクリエイティブ・ディレクションをお願いしつつ、必要に応じて空間デザイナーさんにもお願いすることにしようと決める。そうなると融資額の300万円だと足りなくなってしまうかもしれないけれど、そのときはそのときで改めて資金繰りを考えよう。要は、コストを抑えようとするあまり、日和ってしまっていたのだ。

そしてその数日後、あらためて輝一くんとデザインについてのキックオフMTG。KVだけでなくクリエイティブ・ディレクションをお願いしたい旨を相談したら、快諾してくれるだけでなく、コンセプトや事業計画も踏まえて、どこにどのくらいお金をかけて、逆にどこはある種DIY的にやるべきなのかから一緒に考えてくれるという。本当に輝一くんに相談してよかった、と思った。僕は輝一くんはクリエイティブのクオリティはもちろんのこと、それ以上に経営や事業をしながらデザインもする横断性、それゆえに単にガワだけではない全体最適を踏まえたデザインが得意である点をとてもリスペクトしているのだけれど、あらためて本当に心強いと思った。

そして、その打ち合わせの中で、ここ1ヶ月ほどずっと頭を悩ませていた「店名」問題に光明が見える。輝一くんと、それから同席してくれていたアシスタントの並木里圭さんと議論する中で、ちょっとしっくり来そうな案が生まれてきた。この方向性で、少し発酵させてみたい。

あと今週は、前掲の酒井さんとのランチの後、生活綴方を営む中岡祐介さん・鈴木雅代さんに改めてご紹介いただけるとのことで、お店の奥の小上がりのこたつでお茶。お店のトンマナを体現したようなお二人の人柄はもちろん、商店街の餅つき大会の話で盛り上がるのを聞きながら、あらためて「店を営むということは、まちにより深くコミットしていくことなのだな」と痛感。妙蓮寺というまちにたしかな手応えのある文化をつくり上げているみなさんへのリスペクトがより深まる。そして、ちょうど同時期に書店を世田谷で始めるという、おそらく同世代くらいの二人組も来ていて、少し立ち話。自分はほとんど会社員経験がなく、最初に働いていたスタートアップも新卒採用を公式にはしていないような会社だったので、いわゆる「会社の同期」的な存在に縁がない。でもだからこそ、同じ時期に近い志で挑戦しようとする「同期」的な同志の存在はとても心強い。


……というのが、ざっくりの現在地。サクッと書こうと思っていたのだけれど、初回ゆえここ2ヶ月を1週ずつ振り返っていたら、気づけば1万字を超えてしまっていた。流石に毎週コレは大変なので、来週からは1000字くらいで、淡々とその週の動きを記録しつつ、気分が乗れば開店にかける思いや背景についても書いていくようなかたちにしたい。そんなこんなで、できる限りカッコ悪い部分もさらけ出しながら書こうと思っているので、ぜひあたたかく見守っていただけたら嬉しい。

マガジンも作ったので、よければフォローよろしくお願いします。


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