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夏のかけらとレモンの香り
陽射しが柔らかくなりはじめた午後、風はそっと頬を撫で、葉を揺らす。
空はどこまでも澄みわたり、遠くには白い雲が静かに浮かんでいる。
遠くで響く誰かの笑い声、どこかの家の風鈴の音、
夏の終わりを思わせる、穏やかで静かな時間が流れていた。
草の上を歩くたび、靴裏がかすかに乾いた音を立てる。
ふと足を止めると、地面にはころんと転がるレモンの実。
まだ若く、青みがかった果皮には、小さな陽だまりが映っていた。
指でそっと拾い上げると、ひんやりとした感触が手に残る。
軽く擦ると、爽やかな香りがふわりと立ちのぼる。
思えば、この香りはいつだって夏の記憶を呼び覚ます。
強い陽射しに目を細めたあの日。
風の中に響いていた遠い波の音。
静かに並んだ影が、ゆっくりと重なっていった午後。
指先に残る冷たさも、肌を撫でる風の心地よさも、
今となってはすべてが、淡く溶け合うような遠い思い出。
レモンの酸味のように、少し切なく、少し甘い時間。
どんなに時が流れても、どこかで風が吹くたびに、
あの夏の記憶はそっと蘇るのだろう。
すっぱい午後の香りが、この風に混ざっている限り。