大人的読書感想文 vol.2
永い言い訳 西川美和
愛を手に入れたら人は無敵になるのかな。死と生と愛。それぞれが深く繋がっていて、でも全て相反するものとして存在している気がした。
死ぬのも生きるのもきっと自由だ。でも死んでしまったら残された人は大変な思いをすることになる。哀しかったり後悔したり、ものすごく怒ってしまったり。生きてさえいれば、やり直しもできるし何とかなる。そう、だから死ぬのってずるいんだよ。
衣笠祥雄という野球選手のことを私は知らなかった。同じ「キヌガササチオ」という読み方をする主人公、衣笠幸雄は随分と自分の名前にコンプレックスを抱いている人だったが、確かに同姓同名の有名人がいたら周囲から変に期待されても仕方ないと思った。私の職場にも国民的アイドルと同姓同名の人がいるが、彼もまた名前にコンプレックスを抱えているのだろうか。
衣笠幸雄、職業は作家。彼には衣笠夏子という奥さんがいたが、夏子はお友達の大宮ゆきちゃんとスキー旅行に行く際に、夜行バスが崖へと転落してゆきちゃんと共に帰らぬ人となった。
彼は夏子のお葬式の際に泣かなかった。身近な人を亡くしてしまった時、さぞ悲しいという人もいれば、受け入れられずにただ呆然としたまま、現実でやらなければならない葬儀だの諸々の手続きを淡々とこなしていく人もいるだろう。と思ったのだが、どうやら彼は前者でも後者でもなさそうだった。
彼には愛というものが何か分かっていなかったのでは?それとも愛なんてものが夫婦の間にそもそもなかったのかも?元々ただの冷酷な人とか?夏子がいなくなっても案外普通に生きている理由は初めはよく分からなかったが、でも私は何だか嫌いになれそうになかった。
彼が変わるきっかけとなるのは子供との関わりだった。子供の存在はすごく大きくて、人を変えてしまう力があるらしい。ただ、衣笠幸雄も私と同様に子供が苦手な人だった。だって、子供って想像の範疇をはるかに超えることをしでかしたりするんだもん。私たちはどのように子供に接すればいいか分からないタイプの人間。それでも彼は大宮ゆきの子供と関わる選択を選んだ。
私の子供ができた友達は、みんな優しくて逞しくて偉大な存在になっていった。それは衣笠幸雄も同じで、愛というものを知るらしい。でも、愛というものを感じ取れたとき、やっと死というものがどれほど怖くて残酷なのかが分かる気がする。愛って何だか難しいな。
この本は、衣笠幸雄と関わる人達の各目線から物語が進んでいくので、幸雄本人と夏子、大宮家、編集者たち、様々な人の心の中を覗くことができた。死と向き合う人達の様々な思いには正解も不正解もないのだと思う。
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