私が会社員生活で得たもの〜転職した立場から〜
大学卒業後、私は6年間大企業の会社員として働いていた。
過去形にしたのは、その後社会人採用枠で公務員試験に合格し、肩書きが変わったためだ。
ここ数年で民間からの転職者も受け入れるようになったものの、公務員の世界において私のような人間はまだまだ少数派。つまり、高卒または大卒ストレートでそのまま公務員になった職員が殆どだ。
そんな人々からしたら、私のキャリアは遠回りに見えるだろう。
ただ、これだけは間違いなく言える。会社員としてのキャリアがなければ今の自分はいない。
結構ハードな業務内容だったこともあり、前職に戻りたい気持ちは皆無だが、それでも、会社員として働いていなければ得られなかったものは大きい。
何より、会社員として組織で働く中で数々の経験を積んだことが、私の中で財産となっている。
私の会社員時代
私は会社員生活の大半を、主に法人向け営業担当者として過ごした。よくあるドラマや漫画のような華やかな社内競争の世界も経験した。
壁に貼られた個人ごとの営業実績の棒グラフ。
達成率のパーセンテージ。
目標達成者は名前の上に花のマーク。
繁忙期ともなれば、私は毎週のようにスーツケース片手に出張先を飛び回っていた。宿泊先は安値のビジネスホテルだ。
地域は関東圏を中心に、信越中部四国地方そして沖縄まで。1日に面談する人数は平均して1日に数十人程度だが、中には3桁近い人数を集めての説明会もやった。
コロナ禍前の話のため現在は営業手法が変わっている可能性があることは添えておくにしても、規模が大きく、全国にネットワークがある企業でなければできないことばかりだ。少なくとも、現在の職場でこのような経験は中々できない。
過去の記事で触れている通り、私は営業に向いていると思ったことは一度もない。
しかし、決して好きではない仕事でも、会社員生活を過ごす中で得たものは計り知れない。
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得たもの①対人コミュニケーション能力
相手に合わせた対応や気遣いをするとか、途中で遮らないでまずは相手の話を聞くとか、笑顔を忘れないとか。
文章にすると非常に些細なことだが、転職後、首を傾げてしまうような接客を何度も目にした。公務員という世界は良くも悪くも狭く、限られた人間としか接しない特殊な職場というのも関係しているのだろう。
コミュニケーション能力は、自己啓発本を読んで知識としてひと通り理解はしても、日常的に実践しなければ自分のものにはならない。
自分のことを所謂「コミュ力おばけ」とは全く思わないが、数えきれない位多くの人に営業をしてきた会社員時代の経験を通して、コミュニケーション能力が自然と身についた。そして、その有り難さに実感したのは公務員に転職してからで、生活保護のケースワーカーをしていた時はこの力が大いに役立った。
得たもの②数字に対する意識
民間企業である以上、会社の目的は利益の追求。ましてや、営業担当なら尚更だ。
かつて毎日のように数字を追いかけていた私からすると、コスト意識に疎かったり、「前例踏襲」で事業を続けたり、公務員界隈ではこういったことが珍しくない。
確かに、会社員時代に散々苦しめられていた過度な数字へのプレッシャーはないし、業績不振によるリストラも(現状では)考えにくい。
しかし、公務員も数字に対してシビアにならないと、今後は対応しきれなくなるだろう。少子高齢化で税収が減る中、際限なく事業に財源を注ぎ込むことはできなくなっているし、行政のスリム化で公務員そのものの人数も減っているからだ。
得たもの③金銭と身分が保証されている安心感
会社員生活は苦労や困難の連続だった。
入社後しばらくは営業、ということは当初から言われていた。散々悩み、期限付きならと内定を受諾した私は「今は無理でも、ゆくゆくは営業以外の仕事がしたい」という思いを常に持っていた。
その一方で私に与えられた仕事は、来る日も来る日も会社のために数字を挙げることだった。
脱・営業担当を目指し、今いる場所で模索する日々が続いた。
転職エージェントへの登録。資格試験の勉強、そして合格。資格をアピールして臨んだ課長面談。
会社の組織再編に伴う隣の営業部への異動が決まり、希望していた人事異動が阻まれた後の公務員試験挑戦。
ここまで裏で色々やれたのは、会社員という後ろ盾があったからだと思っている。
たとえ転職活動で失敗しても、会社員の身分さえあれば毎月給料は手元に入るし、身分も保証される。暮らしに困ることはない。
だからこそ、私は心置きなく次のステップにチャレンジすることができた。
得たもの④精神的なタフさ
ここで「精神を病むまで会社員として働け」と言うつもりは全くない。
しかし組織の中で給料を貰いながら、自分が納得いくまで足掻けるのは、会社員ならではのメリットだ。
私がその過程で手に入れたのは、多少の困難にぶつかってもへこたれない精神的なタフさだった。
公務員転職後、ケースワーカーの仕事は辛くないのかとよく聞かれた。一般的に生活保護課は人気部署とは言い難く、1年で異動希望を出したり、中には公務員そのものを退職してしまう先輩や同僚を何人も見てきた。
それでも、私にとっては会社員生活の方が遥かに辛かった。
これより辛いなんてどれだけ辛かったんだよ、と、同じ部署の同僚には言われたが。
営業実績が所属部の上位10%に入った時期もあるにはあったのだが、私の営業実績は総じて芳しくなかった。中か、中の下程度だ。
業績が未達の時には上司からのフォロー(というと聞こえは良いが…)の電話が毎回鳴った。そして、その日の数字が達成できたとしても、一瞬の安堵こそあれど明日はどうなるか分からないと思うと、常に緊張感が抜けなかった。こんな綱渡りのような6年間の会社員生活の中で、私は私なりに、精神的なタフさを手に入れた。
入社6年目にして初めての公務員試験挑戦を決めたものの、試験までは半年を切っており、物理的に時間がない。
そればかりか地方出張続きで、試験予備校など行けるはずもない。
更にひとたび出張に行けば、夜は大体社内の飲み会があり、終業後の自分だけのフリータイムなどないに等しかった。
そんな中でも、私は営業鞄に参考書とチェックペン、赤シートを忍ばせ、移動時間や休憩時間の合間、朝早く起きた時間(飲み会の後の勉強はさすがに頭が働かなかった)に勉強した。喫茶店やファミレスがない田舎の町では、誰もいない公園のベンチで本を開いた。
そして、まとまった時間が取れる週末になったら論文を最低1本は書いた。
試験と仕事の両立は振り返るとハードな日々だったが、それでも私にとっては営業回りの方が辛かった。
あまり精神論を語るのは好きではないが、ひとたびやると決めた時の馬力と根性は、間違いなく会社員生活の中で精神面を鍛えられたゆえのものと思っている。
苦労もあったけど、無駄ではなかった
今は働き方も多様化し、起業家やフリーランスなど、組織に囚われない働き方が時にキラキラして見えたりもする。
会社員から転職した身分の人間が今更何を言っているんだと思われるかもしれないが、それでも私は、会社員生活は悪くないと思っている。
「若い時の苦労は買ってでもせよ」とはよく言ったものだが、会社員時代の経験が今の自分につながっていると心から思っているからだ。
もし、会社員生活をやめてしまいたいと思うなら、そう簡単に見切りをつけずに、会社員の立場じゃないと出来ないことをやってみることを個人的には勧めたい。
身を結ぶまでに時間はかかるかもしれない。でも、それが自分自身のよりよい人生への糧となると、私は信じている。