天の虫
大水青(オオミズアオ)。白く大きな蛾。都心でも見られ、決して希少な蛾ではない。しかし、出逢った者を魅了する不可思議な蛾である。
羽化後の成虫は口が退化しており、地上のものを口にしないまま果てる。種名はアルテミス。ギリシア神話の月の女神である。
「天の虫」なのだと思う。
奇しくも、「天の虫」と書く蚕もまた、白い蛾である。蚕は一条の絹糸を吐き、繭をつくる。染織では、その糸を染め織る。
蚕はたいてい、羽化前に糸引きされる。つまり、繭のまま釜茹でにされて死ぬ。糸引きされず羽化したとしても、やはり、地上のものは食さないまま果てる。
さらには、蚕は飛ぶこともない。翅を有しながら、その翅は飛翔能力を欠いている。天を翔けることのない「天の虫」なのである。
蛾は、似た種である蝶に比べ、なぜか、厭われることが多い。「我の虫」だからだろうか。
嫌われる意味で厭われるのか、大切にする意味で厭われるのか。
我の、蛾の、両義と秘義を感じずにはいられない。
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(余談)
サムネイル画像は、京都太秦の木島坐天照御魂神社 (通称、蚕ノ社)の三柱鳥居。不可思議な鳥居である。
造化三神があらわされたもの、という説もあるそうだが、父、子、聖霊の、三位一体も感じられる。
草木染めの染織もまた、鉱物(媒染)、植物(染料)、動物(蚕の絹糸)の、三位一体からなるものである。
そして、機にかけられ、人の手によって織られる。
シュタイナーは、人間の体を、肉体、エーテル体、アストラル体に分けている。(それぞれ、鉱物、植物、動物に対応する)
それら、三つの体を一つにしているのが、自我、我である。
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