【読書】採用基準
元マッキンゼーの採用マネージャーである伊賀泰代著の「採用基準」を読んだのでまとめておきます。
あくまで具体的な採用の話は主眼ではなく、「リーダーシップ」という概念について日本でいかに誤解されているか、そしてビジネスマンとして活躍するために、また主体的に生きるためにリーダーシップを獲得することがどれほど大事かについてわかりやすく書かれています。
1.コンサルタントの採用における誤解
*ケース面接に関する誤解
コンサルタントの採用面接では通常ケース面接というものがあります。この対策として様々な解法を頭に入れて臨もうとする人がいますが、実際には正しい答えを導き出せるかではなく、考えるのが好きか、どのような思考プロセスを展開するのかを見られています。なので事前に覚えてきた解法という知識を頭から取り出そうとする姿勢は、考えることがあまり好きではないのではないかという印象を持たれてしまい逆効果になります。
*”地頭信仰”が招く誤解
世間一般的に、「コンサルティングファームでは地頭が良い人が求められている」と考えられています。それはあながち間違いではありませんが、頭さえよければコンサルタントになれるというわけではありません。
そもそもコンサルティング業務の根幹は企業経営者向けのサービス業であり、①経営課題の相談を受ける、②問題の解決方法を見つける、③問題を解決するという3つのプロセスが発生します。頭の良さが関係するのは②のみです。経営層に相談相手として認められるような信頼関係を結ぶため、そして実際に課題を解決するための交渉や調整のために、人や組織に関する洞察や感受性、粘り強さなど対人スキルが求められるのです。
*分析が得意な人を求めているという誤解
「頭の良さ」を構成する要素として、日本では数字の処理能力や理解力、物事の本質を見極める洞察力が鋭いことをイメージします。
それらも大事ではありますが、これらはすべて「状況把握や分析をするための能力」であり、問題解決を行う際の前半部分に必要となる能力です。
実際に何か問題を解決するためには、前半のプロセスに加えて「では、どうすれば良いのか」という処方箋を書く必要があります。
そのために必要なのは、ゼロから新しい提案の全体像を描くという構想力や設計力です。日本ではこういった能力が、「頭がいい」ことをイメージさせる要素として認識されていないという現状があります。
2.問題解決に不可欠なリーダーシップ
企業の課題を解決するためには、解決策を検討する段階から組織に入り込んで現場の信頼を得て、最終的な提案内容を様々な部署と調整しながら組織に落とし込んでいく必要があります。このように他者を巻き込んで現状を変えていくというプロセスにはリーダーシップが必要不可欠です。リーダーシップこそがコンサルタントに最も必要なスキルなのです。
*リーダーシップは全員に必要
さらに日本ではリーダーシップは組織の中でリーダーの役割をする者だけにあればいいと考えられる傾向にありますが、外資系企業の多くでは社員全員に高いレベルのリーダーシップを求めます。本来のリーダーとは、「チームの使命を達成するために必要なことをやる人」です。少数のリーダーが残りのフォロワーの意見を取りまとめて指示を出し、モチベーションにも気を配るといった組織の在り方よりも、全員がリーダーシップを持ち、チームとして問題解決を進めることに意識を向けている組織のほうが圧倒的に生産性が高くなるのです。また、前者の組織においてはリーダーからフォロワーへの意見は指示のようになってしまう側面がありますが、全員がリーダーシップを持つ後者の組織では、意見を採用するかどうかは個々が判断することなので互いに自由に意見が言えるのです。
3.日本におけるリーダーシップの概念に関する誤解
*成果主義とリーダーシップ
上記にもある通り、日本でのリーダーシップという概念の理解のされ方は、欧米諸国とそれと大きくかけ離れています。その背景には日本ではビジネスの現場においてさえ成果よりも組織の和が優先されがちだということがあります。成果が厳しく求められない環境が多いからこそ、日本ではリーダーシップが問われることが少ないのです。なぜなら成果主義を原則とする環境でなければリーダーシップは必要ではないからです。
ボートの漕ぎ手を例に考えてみると、湖でのボート遊びの場合では楽しい時間が過ごせる人を漕ぎ手に選ぶでしょう。一方で自分や家族の命がかかっている(=成果が求められる)救命ボートの漕ぎ手を選ぶ際には判断力について信頼でき、言うべきことを躊躇せずに言うことができ、やるべきことはリスクをとっても実行するような漕ぎ手を選ぶはずです。
*役職(ポジション)とリーダーシップ
日本でリーダーシップがある人と言うと、部活のキャプテンやプロジェクトのリーダーなどの役職がその代替概念として挙げられます。こういった役職につけばリーダーシップを発揮すべき状況に置かれることが多く、結果的にリーダーシップ体験の多寡を表す場合もありますが、これらはあくまで役職名であり、リーダーシップの有無を直接的に表すものではないのです。
外資系企業でも役職は存在しますが、前提としてリーダーシップは役職に関わらず全員に求められます。さらに特定の役職に就くためには就任前にそれに必要なレベルのリーダーシップが発揮できることを実績をもって証明する必要があります。
*マネジャーとリーダーの違い
日本ではマネジャー(管理職)とリーダーが混同されがちです。マネジャーは管理者であり、求められる業務は部下の労務管理、組織内の業務の進捗管理や品質管理、予算管理です。マネジャーが必要なのは組織内の人数が多くなると管理が行き届かなくなるためであり、少人数であれば不要です。
一方、リーダーは目標を達成するために存在します。そのため3人の組織でも成果目標があればリーダーは必要です。
この二つの概念が混同されるのは、多くの組織において
①管理職には管理だけではなくリーダーシップも求められている
②管理職以外には管理はもちろんリーダーシップも求められていない
からです。
つまり日本では管理職というポジションとリーダーシップが結び付けられてしまっています。
さらには管理職は、管理能力・リーダーシップ・プレーヤーとしての能力のすべてを求められてるにもかかわらず、昇格基準ではリーダーシップが軽視されて管理能力とプレーヤーとしての能力が一定水準あることで管理職に就く場合があります。さらにその後の研修でもリーダーシップに関する中身は多くなく、結果的にリーダーシップの弱い管理職が大量発生してしまうのです。
ところが日本企業においても組織の管理職には成果目標が問われるため、どのようにグループを率いて成果を上げればよいかわからない管理職は戸惑い、チームのメンバーも困ってしまうことになります。
4.リーダーがなすべき四つのタスク
①目標を掲げる
まずリーダーはチームが目指すべき成果目標を定義することが必要です。さらに、その目標はメンバーを十分に鼓舞できるものである必要があります。
求められる努力と結果として得られるものがバランスしていないと感じると人は努力をしなくなるものなので、道のりが厳しいときにこそ達成すれば大きな高揚感が得られるような高い目標を掲げる必要があります。
②先頭を走る
どんなことでも最初のひとりになるのは負担が大きく、勇気のいることです。2番目以降の人は、1番目の人が上手く進めば後をついていくこともできますし、失敗すればその結果を見て軌道修正することができます。リーダーは失敗したり損をするリスクを受け入れて先頭に立ち、メンバーが安心して走れるように最初に方向づけをするのです。
③決める
リーダーとはたとえ十分な情報がそろっていなくても、十分に検討を行う時間が足りなくても、決めるべき時に決めることができる人です。
日本の組織の決断が遅いと言われているのはこのリーダーシップの差が表れているのだと思われます。「会議で決まった」のように決めた人を曖昧にすることで責任を明確化しない傾向もあります。
ベストな判断でなくても決断することが大事なのは、問題を浮かび上がらせることができるからです。したがって決断の後に問題が噴出するのは想定内のことなのです。
④伝える
リーダーの大切な仕事がコミュニケーションです。一定数以上の組織を率いる場合や、多様な価値観を持つ人が混在している場合、成果を出すことが困難な状況下では言葉によって人を動かすことは必須です。
日本の組織や企業は長い間、同質的な人だけで構成されてきたため説明責任や言葉の力を軽視しがちです。同じものを見れば他の人も同じように感じているはずだと考えるからです。
しかしながら創造性が求められるような課題に関しては多様な視点を持ったチームの方がより大きな成果を上げられるはずです。
同じものを見たときに時に異なることを感じるからこそ、それぞれの人に存在価値があるといえます。
5.リーダーシップは学べるスキル
リーダーシップは生まれ持った素質ではなく、トレーニングで身に着けることのできるスキルです。
日本人には自分はリーダータイプではないと思い込んでいる人も少なくありませんが、これはリーダシップを極端に狭く定義し、「リーダーとは特殊な人である」とする誤った思い込みからきています。それぞれの人に適したリーダーシップのスタイルが存在するのです。
多くの人はリーダーシップを発揮する体験を積み重ねることで、そこから得られるものの大きさに気付き、自然ともっとリーダーシップを身に着けたいと考えるようになります。そういったメンタルセットの変化を引き起こすことがスタートラインであり、最も重要な点です。
*マッキンゼーでのリーダーシップの学び方
マッキンゼーでは常に、「どんなバリューを出したのか?」を問われます。そうすることで自然と価値を生まない作業と価値の高い重要な仕事の優先順位をつけることを学び、成果にこだわる姿勢が生まれます。
さらに常に自分の立ち位置(ポジション)をはっきりさせ、自分の意見を明確に述べることが求められます。自分自身の結論を持つ癖をつけることが、リーダーの仕事である「決断する」ことの実地訓練となるのです。
さらにプロジェクトチームの業務において、個々のコンサルタントの担当する業務範囲がかなり広いため、自分の担当する分野で成果を上げるためだけでもおのずと多くの人を巻き込んで組織や人を動かしていく必要が出てきます。新人のコンサルタントは上司や先輩がやるのを見ながら学んでいくというスタイルではなく、とりあえずやってみてできない部分は誰かに助けてもらうという実践的な方法でリーダーシップの取り方を学んでいきます。
6.リーダー不足に関する認識不足
*「優秀な人」の定義の違い
日本の人材に関する問題は、優秀な人はたくさんいるのに優秀なリーダーが不足しているということです。
日本人がリーダー資質に乏しいわけでも適性がないわけでもないのに、制度的・社会的にリーダー育成が行われていないために日本におけるリーダーの絶対数が不足しているのです。
さらに、そもそも欧米と日本では「優秀な人」の定義に大きな違いがあります。欧米において「リーダーシップ」は優秀な人の定義において決して抜けることのない項目です。一方で、日本においては「専門性の高さ」「協調性」「正確な処理能力」などが優秀な人の資質と考えられているように思われます。
欧米にも専門性や技術力を評価する企業はありますが、協調性や秩序維持、正確な処理能力を優秀な人の要件として挙げる企業はほとんどありません。
また、高い専門性もリーダーシップを併せ持ってこそ評価される資質です。
日本における「優秀な人」の問題は、チームで取り組むことで個人で取り組むより高い成果を達成したという経験を持った人が少ないことです。むしろ優秀な人ほど「一人でやった方が早い」と考えています。
現実の社会を考えたときに、集団や組織を動かさずに成果を上げられることはほとんどないにもかかわらず、日本では教育現場でさえそういった経験を求められません。
*必要なのはカリスマリーダーではなくリーダーシップ・キャパシティ
日本の問題はカリスマリーダーの不在ではなく、日本全体でのリーダーシップを発揮できる人の少なさにあります。一億人もの人口を擁する国がたった一人の力で劇的に変わったりするはずがありません。
一人の偉大なリーダーを待ち望む気持ちは、誰かが今の状況を一気に変えてくれるはずだという他者依存の発想に基づいていると言えます。こういう人を待ち望む気持ちは思考停止と同じです。
必要なのは、組織のあらゆる場所で目の前の変革を地道に主導するリーダーシップの総量が一定以上にまで増えることなのです。
7.まとめと感想
少し前に話題になった「サーバントリーダーシップ」をはじめ、リーダーシップという概念や様々なリーダーシップのスタイルがあるということは職業柄聞きかじっていましたが、実際のところ抽象的でよくわからない概念だと感じていました。今回本書を読んで「リーダーシップは何のために必要なのか」「リーダーシップを持つことによってどのような意識、行動が生まれるのか」が具体的にイメージできるようになりました。
特に、マネージャーとリーダーの違いについては人事担当者でありながらこれまであまり区別できていなかったなと気付きました。
日本企業ではマネージャーがリーダーを兼ねるというのが一般的だと思いますが、自身の複数回の転職経験を踏まえると、マネージャー登用時にリーダーシップを問うかどうかについては企業によりかなり違いがあり、それはどれほどシビアに成果を見られるかとある程度相関している気がします。
いずれにせよ、リーダーシップ教育については十分とは言えず、本人の素質と後は(本人にやる気がある場合)実践の中での試行錯誤に依存しているという印象です。
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