『7つの習慣』を読んで―10
○「究極的に、我々が人生の意味を問うのではなくて、我々自身が人生に問われているのだと理解すべきである。一言で言えば、すべての人は人生に問われている。自分の人生に答えることで答えを見出し、人生の責任を果たすことしかできない」
人は人生の意味とは何かを考えるときが必ずある。しかし、著者は「すべての人は人生に問われている」と逆説している。
著者は社会に対しての責任、社会への奉仕を含めて人生に問われていると言っているのだろうが、人生の責任を果たす相手は自分自身でいいと思っている。残りの人生が短い中、目標の途中で終わりを迎える可能性が高い。階段を一歩ずつ目標どおりに歩いていくことが肝腎だ。ゴールに慌てて到着することばかり考えて、階段を二段飛ばしも三段飛ばしもして、踏み外してしまえば元も子もない。死ぬときに自分の人生に答えられたと思えれば、それで人生の責任を果たしたとしたい。