「恥」由来
人間には「恥」という感情がある。
私はこの「恥」という感情に苦しんできた。
不安なのは、「恥をかくんじゃないか」と恐れているからだ。
怖いのも、緊張するのも同じ理由だ。
「社交不安障害」という病気がある。
社会不安障害ともいうが。
苦しんでいる人も結構多いのではないだろうか。
「社会が不安ってなんだよ?!」
「社交不安?なんだそれ、なめてんのか」
と思われるかもしれないが、当人にとっては地獄なのだ。
それはもう、人生を終わらせることを考えてしまうほどに。
そうですよね?
だけれどこれは、通院すればとか
薬でなんとかなるものでもなく
病名をつけられることは気休めにしかならない。
けれど、そうだとしても、
地獄真っ只中にいる時にはありがたいのだ。
病名をつけてもらうことで、とりあえず命は繋がるから。
死にたい原因が「恥ずかしいこと」だなんて、マジで意味わかんないでしょ?
馬鹿げてると思うでしょ?
そりゃあ思うよね。自分でも思うもん。
でも恥という感情がなければ、その辺の道端でうんこして、人目も憚らず性行為するよなぁ。
他の動物と同様に。
排泄してるところを見られるのが恥ずかしいのも、性行為を見られたくないのも「人間」だからだろう。
まぁ見られたい人もいるが。
恥じらいの感情が薄ければ薄いほど、他の動物に近付いていく。「野蛮」に映る。
「人間」からは遠ざかっていく。
で、だ。
私は「恥」から逃げてきた
不安なことを回避してきた
逃げて逃げて逃げまわってきた
そうしたらどうなったと思う?
人前で排泄を、性行為をする仕事に従事しているわけ。
ウケない?笑
「恥ずかしいこと」から逃げて逃げて逃げまわった先に待っていたのは「めちゃくちゃ恥ずかしいこと」だった。
いや、そんなことある?笑
自分でもなんでこうなったのかわかんない
と言いたいところだけど、なんとなく気付いている
それは「これまでの人生を話すこと」と「性的なこと」を比較した時に
「これまでの人生を話すこと」の方が「恥ずかしい」のだ。
一般的に「恥ずかしいこと」と言われる「性的なこと」の方がマシなのだ。
不安から、過去の人間関係のトラウマから「回避」を続けてしまってきた人生を語る方が、恥ずかしくてたまらないのだ。
学校に行けなかったことや人間関係で苦しくなって仕事が続かなかったことを隠せる源氏名で生きている時間の方がずっと楽なのだ。
今書いていて思ったが、これも「逃避」なんだろうな。
どこかで本名の私に戻らないといけない。
よく「羞恥プレイがしたいです」とか言われるけどさ
ずっとずっと「恥」に苦しんできてさ
今女王様やっててさ
この人生が一番の羞恥プレイなんよなぁ。
私はとにかく目立ちたくなくて
ひっそりと生きていきたくて
"恥ずかしくない"仕事に就きたかったのに
どうしてこうなった…?
「恥」に苦しめられ過ぎて
「恥」の感覚がバグってしまった。