第3話:見学会のはじまり、はじまり~
大会議室の正面スクリーン横の演台に、田戸台で名刺交換をした記憶のある
小柄なオジサマの海上自衛官の姿があった。
『誰だったっけな・・・?肩の階級章に金線が4本あるから1佐よね。みんな制服着てるから顔と名前が一致しないのよね』
階級一覧の紙を手に取りながら確認する。
「本日はお忙しい中、総監部主催の見学会にお越しいただきありがとうございます。
管理部長の影山でございます。本日の見学会に参加されている皆様は、毎朝新聞の船頭さん以外は、新たに異動で横須賀に来られたと聞いております。改めましてようこそ横須賀に。すでにご存じかと思いますが横須賀は日本海軍の主要基地であり、現在は在日米海軍の主要基地もございます。戦後70年を超えて独特の文化を造り上げてきました。せっかくのご縁でもありますので今日の見学会を通じて横須賀に対する理解をさらに深めていただけると幸いです。
それでは以後、広報係長の鳥山がご説明いたします。」
管理部長の影山さんが会議室を出ていくと、演台には先ほどごあいさつしたおじいちゃ・・・いや、鳥山3佐が立っている。
「ただいまから横須賀地方総監部を司令部とします横須賀地方隊について簡単ではございますがご紹介させていただきます。横須賀地方隊は・・・・・
https://note.com/mizuki_y0426/n/n39898c69d41f
電気の消えた会議室内で鳥山3佐はスクリーンに映し出された内容を手慣れた様子でレーザーポインターを使いながら説明を進めている。
『自衛隊の用語ってむずかしいのよね・・・メモが追い付かないわっ。あとでこの資料もらえないか聞いてみよう』と思っていると
ズズズズズ・・・・・ガガガガガアぁぁ~
『ん・・・なんか工事してる??』と横を見ると船頭さんが完全に寝ている・・・!
ワタシは「船頭さんっ、船頭さんっ」と小声で声をかけながらゆすっても全く起きる様子がなく、周りから失笑のような笑い声が聞こえてくる。
「毎朝新聞の山口さん、寝かせておいてあげてください。船頭さんは毎度のことですからね。はっはっは~。」と鳥山3佐がいうと周りの記者さんが大爆笑!
それでも起きない船頭さんに恥ずかしくて、「申し訳ありませんっ」と私は立って頭をさげ、まさかの悪目立ちに顔がこわばっていた。
『このクソオヤジがっ!!ほんと何しに来てるのよっ』
結局、鳥山3佐の説明が終わり、会議室の電気がつくと船頭さんは、大声で
「あ~っ、よく寝たよ。鳥山さんありがと~」
というと、会議室内はふたたび大爆笑。
ワタシは恥ずかしさと怒りで周りを見ることができずにうつむいていた。
「次は、Y(ヤンキー)桟橋で、護衛艦見学となります。せっかくの機会だったので「いずも」の見学をしていただきたかったのですが、任務の関係上、本日は「ゆうぎり」でのご見学となります。10分後に出発しますので今のうちに一服される方、おトイレに行かれる方はどうぞ。また、後ほどこちらに戻ってまいりますのでお荷物はこちらに置かれていても構いません。ただし、貴重品は各自でご管理のほどをお願いします。」
鳥山3佐の案内が終わると同時に、みなバラバラと散っていく。横を見るとすでに船頭さんの姿はなくなっていた。
会議室を見渡すと、船頭さんは鳥山3佐となにやら談笑している。
「山口さ~ん、今日のカレーはカツカレーらしいよ。ラッキーだね!!」
周りで他社の記者が失笑している。私はまたしても恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
『ホントにデリカシーのないオヤジだわっ!!恥ずかしいったらありゃしない』
***
総監部から10分弱歩いたところで、私たちは護衛艦「ゆうぎり」の前に立っていた。
「こちらが護衛艦「ゆうぎり」です。就役が1989年2月と海上自衛隊の中ではベテランの部類に入る護衛艦です。ただし、現役バリバリで動き回っています。2021年6月には、第39次派遣海賊対処行動水上部隊として横須賀から出港、アフリカ沖アデン湾で海賊対処行動に参加しています。
この後の話は、「ゆうぎり」広報係士官の湊(みなと)1尉に引き継ぎます。」
若そうな幹部自衛官がタラップの横に立っていた。
「皆様、ようこそ第11護衛隊所属の「ゆうぎり」にお越しくださいました。私がただいまご紹介に預かりました広報係士官の湊と申します。「ゆうぎり」で砲術長兼水雷長を勤めさせていただいております。これから乗艦いただく前にお願い事が2つございます。
一つ目は、タラップを上がる途中、そうですね・・・登って中間くらいで艦尾の自衛艦旗に敬礼・・・一礼をしていただきますようよろしくお願いいたします。退艦する際も同じです。
二つ目は、自衛艦内は突起物や障害物が多くございます。移動中に置かれましてはお足元だけではなく、頭の上も気を付けてください。」
湊1尉はひととおり説明を終えると、タラップを上がっていき、途中で停止し先ほど説明したとおりに艦尾の自衛艦旗に敬礼をしていた。
その次に上がっていったのが・・・・ん?船頭さん!?
船頭さんは慣れた様子で自衛艦旗にお辞儀をして、湊1尉のあとについていく。他の記者も船頭さんに続いてタラップをあがっていく。
スニーカーで来てよかった・・・と思いながらワタシは自衛艦旗にお辞儀をして初護衛艦デビューを果たした。
最初に「ゆうぎり」の外回りの案内から始まったが、海から反射する日光がまぶしくてなかなか目が開けられない。
船頭さんは、お得意のサングラスにアロハ・・・まるで亀仙人みたい・・・と一人で笑いをこらえながら湊1尉の説明に耳をかたむける。
「ゆうぎりの兵装は、62口径76mm単装速射砲1門、高性能20mm機関砲いわゆるCIWS(シウス)が2基、そして・・・・・」
『なにいってんだか全くわかんない・・・???周りの記者さんたち、めっちゃメモ取ってるけどわかってるのかしら・・・?』
文系人間の私には頭がヒートしてしまうテクニカルな話が多くて、全く説明が頭の中に入らなくなっている。気が付くと亀仙人・・・いや船頭さんの姿を見失っていた。
『あれ・・・どこいったのかしら、あのオヤジ・・・海に落ちたのかしら?』
ワタシは湊1尉の説明もそっちのけで船頭さんの姿を探していた。
***
そんなこんなで、艦内への案内に移っていった。説明を聞きながら、
『艦内の階段の急こう配に驚かされるとともに、廊下も狭いし、いろんな配管がむき出し・・・艦橋(ブリッジ)に上がるまで結構体力を使う・・・。乗組員の居住空間が3段ベッドって見たことないわ。ワタシなら眠れそうだけど・・・・。
湯船のお湯が海水ってめっちゃヒリヒリしそうだわ。お肌に悪そう・・・・。
生活環境はかなり悪いわね・・・・よくこんな環境で仕事ができるものだわね』
などと考えていた。
「それではただいまから士官室でカレーをお召し上がりになっていただきたいと思います。本来であればセルフサービスの隊員用の食堂で召し上がっていただくのですが、本艦は現在休暇中で乗組員の数が少なくなっております。本日は特別に士官室でカレーを召し上がっていただきます。」
湊1尉の案内で士官室に入っていくと、見覚えのあるアロハシャツが目に入った。『ん!?亀仙人、いや船頭さん既にカレー食べてんの!?。しかも、2佐の人と一緒に???』
「艦長、本日ご見学に来られている記者の方々です。」と湊1尉がいうと船頭さんと話をしていた2佐の方が立ち上がり、
「ようこそ、護衛艦「ゆうぎり」へ。私が艦長の熊田です。慣れない雰囲気であるとは思いますがどうそゆっくりしていってください。」
『艦長・・・・!!!あの亀仙人なんで先にカレー食ってんのっていうか、なんで艦長と話してんの?理解できないわ、あの人の行動・・・』
「山口さ~ん、カレーめっちゃうまいよ~。ついついお代わりしちゃった。あっ熊田さん、今日は先任伍長っています?あ、いる!ちょっと挨拶してきますね。」
といって船頭さんは士官室から一人出ていってしまった。
近くにいた他社の記者さんが、
「山口さん、船頭さんって何者なの?」
ワタシは船頭さんとの関係を否定するかのように
「ワタシが教えてもらいたいくらいですっ!!」
と答えると思いのほか声が大きかったのか、みんなの視線を集めていた。
『あ~っ、穴があったら入りたいとはまさにこのこと・・・
今日だけで変な汗を何回かけばいいのかしらっ!』
つづく
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