#92 英国の庭で感じた、しゃがめることのしあわせ
夫は昨夜も「ミズカが好きな白い花を中心に選んだよ~」とか「このエキネシアのなかで一番好きなのを選んでくれるかい?」とPCのスクリーンを持ってにじり寄ってきた。
私に稼ぎがあるわけでなく、自分が稼いだお金からなのに、なにかを買う時は必ず私の合意を求める夫は小心者なのか恐妻家なのか、だが良きチームプレーヤーであることは間違いないと思う。
『これから冬なのに~』という気持ちもあるし、『私たち日本に住む可能性もあるのに、まだ庭の手入れに意識が行ってるんだな』と、日本に行ける日を待ち望む自分と夫との温度差を嫌でも知らされる。
今目の前にあるものを大切に育んでいこうという夫の姿勢のほうが素晴らしいに決まっている。「花なんてそんなに増やさなくてもいいよ」‥‥なんて言えるわけがない。
英国で毎年5月に開かれる王立園芸協会(RHS)主催の英国最古の一大ガーデニングとお花の祭典がある。日本でも憧れる人も多いChelsea Flower Show (チェルシーフラワーショー)だ。
今年はコロナ渦で、英国内での規制が緩む9月まで待って行われた。去年は中止になり2年ぶりの開催とあって、園芸ファンにとっては待ちに待った週だったことだろう。
9月最後の一週間、毎日テレビでその様子が放映され、夫は毎晩それを観ていた。
同じ環境に居ながら、一回も一緒に観ていない罰当たりな私は、夫のガーデ二ング熱になんとか歩調を合わせるべく、週末は雨の晴れ間を見て一緒に庭の手入れをしようと約束した。
そして日曜の朝、コンポストの山をひっくり返している夫のそばで私はしゃがんで草をむしっていた。
庭仕事をしていて気づいたことがある。日本の庭仕事に比べて、イングリッシュガーデンが優雅なイメージがあることについて。優雅に見えているのは、もしかしたら土の上を這いつくばっていないからなのでは・・・ということだ。
イギリスのガーデニング用品には、掃除用品同様、屈まなくてもしゃがまなくてもいいように、柄の長いツールが多いように思う。それにウレタンというのか発泡スチロール系なのか、ヨガマットを厚くして切り取ったような小さなマットが売っていて土に着いた膝が痛くないよう、そして汚れないようにという心遣いだ。家にもなぜかあったが結局一度も使ったことがない。
しゃがんでいる自分はいつまででもその体勢でいられるのだが、先日も塵取りでごみを取っていて、義妹から「ミズカはよくそんなふうにしゃがむことができるわね~」と感心された。
イギリス人はしゃがめないのだ。
私がこのことを強く実感したのは、去年一人暮らしをしていた九十に近い夫の母が家の中で転ぶようになった時だ。
あれだけしょっちゅうハイキングをし、七十代で短パンをはいてサイクリングをしていた義母が、転倒するたびに床に体を一直線に横たえて電話で呼ばれた私たちを待っていたのだ。
「また転んだ。体を起こしてほしい」と一週間で四回呼ばれた時に、ハッキリと24時間誰かが側にいてあげないと無理なのだとみんなが悟った。
昔よりも随分とちっちゃくなったとはいえ、義母は私よりも体格がしっかりしていて、私ひとりでは床に一直線に横たわる義母を椅子まで引き上げることができない。一緒についていても『転ばせるわけにいかない』と必死だった。
そんな義母を看ていた時に、畳の生活をする日本の両親は腰から下の関節がもっと当たり前に曲げられていることに気づいたというわけだ。
イギリス人は日本人が畳の上でするような生活を全くしない。寛ぐときもソファーよりも低い位置に座ることがない。生まれたときからダイニングテーブルで椅子に腰かけて食事し、ベッドより低い所で寝ることもない。トイレで屈んだこともないので、屈むという習慣がないのだ。
一生屈まずに済むならそれでよかったのかもしれないが、転んだ時にこれほどの弱点であったのが西洋の生活様式だった。ぜ~んぜん、憧れる意味なんてなかったのだ。
こんな話をすると歳がバレるのだが、私は内心、和式トイレを使える時代に生まれて本当によかったと感謝している。
ここ何十年か、洋式のトイレで楽になった一定年齢以上の老齢の方々は、今度は和式トイレにしゃがむことが辛くてできなくなったと聞く。人間の体は楽を覚えるのは早いようにできている。
しゃがんだ世代でよかった。
そういえば小中学校で毎日の全校清掃時間になると、長い廊下は木製だったので、木目に沿って両手下に雑巾を置いた四つ足で駆け回って雑巾がけをした思い出がある。新校舎になってから木目がなくなり、あのような雑巾がけもいつの間にかやらなくなったような気がする。
なんだか、昔のものがなくなるのと同時に一見便利になったように見えて、実は大切なものを私たちは手放してきたのじゃないかと思えてくるのだ。
夏の間じゅう蜂たちが集まってパーティー三昧していた、私の倍の身長のエキウムたちが、
いつのまにか魚の骨化している
秋が深まるのはちょっとせつない
英国はこれからどんどん寒くなる。正座して洗濯物を畳んだり、二階への階段を一段飛ばしで上がったり、足腰をフレキシブルに使えることを工夫していかなきゃ、と思っている。
背中を丸めているわけにはいかない‥‥