見出し画像

#121 イギリス料理がこんなまずいままでいいわけがないのだから‥‥


相手に嫌な思いをさせてまで自分の思いを主張するのは難しい。

人間関係に「我慢」はつきものだ。
自分の気持ちを納めさえすれば、少なくとも誰かに苦言をした後の後味の悪さを持たずに済むからだ。

私には、以前は考えもしなかったのに、ここ数年できるようになったことがある。

それは出された料理がぬるかった時、もう一度温めなおして欲しいとお願いすることだ。


イギリス人は日本人ほど熱々の食べ物をフーフー言いながら食べることをしない。猫舌の人が多いみたいなのだ。

飲食店では『熱々を食べたかったのに』と、がっかりした経験は何度もある。

めったに口にできないラーメンを、遠くまでわざわざ食べに行って、スープがぬるかった‥‥ちからが抜けるだけでは済まない。
しかも私「特別熱々にしてほしい」と注文しているのだ。もう泣きたくなる。

「申し訳ないけど‥‥」と温め直してもらう。

以前はなかなかできなかったことだが、これが出来るようになってからは言えた自分に「よくやった」と言いたくなった。




イギリスの食事はまずいというステレオタイプがある。

人によって「とんでもない。イギリスの家庭料理は何を食べても美味しい」とおっしゃる方があれば、その方はかなり特別にラッキーだと言おう。

あるいは、有名シェフのお店ばかり選んでいける富裕層には縁のない話かもしれない。

そんなイギリスで私たちが外食をするのはなかなかに稀だ。


これは世界的流行り病以前の話になる。
その日はちょっと遅れた私の誕生祝いに、その頃外出を渋っていた私を夫が誘い出してくれた。
まずハズレのない、友人がやっている日本食のレストランを目指していったが、あいにく休暇を取っていた。仕方がない。

気を取り直して、川沿いの眺めの良い人気のパブに向かった。


職場(学校)で色々あった後で、もう「自分」というものがイギリスでは出せないのじゃないか‥‥と、とても後ろ向きになっていた時期だった。

そんな、元気とはいえない時期のことだったが、久しぶりの外出なのだ『今日はきっとしあわせな時間を過ごそう』という前のめりの期待感があった。

メニューの中、パブでは一番高い部類の ”三色野菜と漁師風”だかなんだかの洒落た名前のタイカレーを選んだ。


テラスのテーブルでワインで乾杯し、川から流れる初夏の風を感じていた。

そこへ運ばれてきたタイカレーは、見た目こそはメニューでうたったとおりであった。

ところが味がないのだ。ないといったらない。

さて、こんな時はどうする?
これまでの経験では、味の足りない食事には塩と胡椒、タバスコのような辛いものでなんとか乗り切ったことを思い出す。

ウエイトレスを呼んで、ライムとFish sauce(ナンプラー)とチリソースをお願いしてみた。ナンプラーがなければSoy sauce (醤油) でもいいとも言った。
こうなったらソース救済作戦しかないのだから・・・・

しばらくして、彼女の持ってきてくれたものはライムがなかった代わりの、切ったレモンだけだった。

「あなたの言ったものはどれもない」と。

タイカレーを出していて、なぜにナンプラーとチリがない!?

「そもそもあなたのカレーはどうやって作ったの?」とシェフに訊きたかった。レトルトパックだったのか‥‥


それはたいそう素敵めの夕べになるはずだった‥‥

味のしないおおきな海老をモソモソとなんとか飲み込んだ後、

「イギリスはもう嫌だ・・・」と言ってしまった。この口が。

それが引き金になって、涙もボロボロこぼれる。

『イギリスの料理がまずいせいだ・・・』



今ならちゃんとわかる。
適応障害だったことに気づかずに苦しくて、
美味しいものを食べたら元気になると単純に考えていたんだ。


だけど、こんなものを客に出す感性ってなんだ?周りのみんなはどうしてそんなに楽しそうに食事をしているの?
このパブでその夕方、Happyじゃないのは私ひとりだ、と思った。
みんながそれでいいのなら、ここに居るべきじゃないのは私のほうだ‥‥

なんだかすべてが情けなかった。

夫は自分の頼んだものを黙々と食べている。夫がイギリス人であることまでしゃくにさわる。


「あのさ、これ返して来てほしい」と夫に言う。


言われた夫が「えっ・・」という顔をする。彼は衝突を避けたいイギリス人だ。

夫は「食べないでいいから帰ろう」と言ったけれど、

私はあんな料理であの値段は絶対にあり得ないと思ったし、タイ料理に失礼だと言いたかった。
それでも、タイの調味料さえあれば私は食べるつもりだったのだ。

よほど私の決意を読み取ったのだろう。夫が料理を持って中に説明に行ってくれた。

パブのオーナーは「うちはレストランじゃないんだから」と言ったそうだ。でも夫「レストランじゃないと言うのなら、タイのカレーだなんて書かなきゃいいんだ」と言い返してくれたという。(そうだ、そしたら私も選んでないよ)
オットありがとう (涙)


たまのデートは台無しになったけれど、
私だけお腹ペコペコのままだったけれど、

あの時の残念に「我慢」してしまったら、ネガティヴだけをまとってパブをあとにした自分がもっと惨めになっていたと思う。


私のタイカレーの代金は返金された。(イギリスのパブは注文時に支払っているからだ)

あんなことは生まれて初めてだったけど、どうか最後でもあって欲しい。


出されたものを黙って食べるという空気、それに同調するのをやめた夜

返された料理をシェフもオーナーも客観的に味見したと思う。
びっくりして青ざめてくれていますように‥‥
イギリス料理がいつまでもまずいままでいいわけがないのだから。



今の私は仕事も辞めてしまったけれど、あの頃よりも自分が好きだ。
今ならこんなことでもう泣くことはない、笑ってやる。

あれだけのまずい級のもの(プラス自分で味付けするチョイスまでない)ならばやっぱり返品して、お知らせはしてあげたい。






最後まで読んでいただきありがとうございます。スキのハートは会員じゃなくてもポチっとできます。まだまだ文章書くのに時間がかかっておりますが、あなたがスキを残してくださると、とっても励みになります♥