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遺書_3_死ぬ前の情緒


雨が降っていることに気がついた
深夜2時。
時計を見て驚く。
12時半にはもう私は寝る準備を済ませていたはずで
両親もとっくに12時前後に寝ていてリビングは静寂だけが響く。
それでいて暗闇。
電気は消していたようだった。
少なくとも寝ていないことが両親にバレないように気を使う余裕があったことになんだか妙にホッとした
特に体調が悪いわけではなかったし、寝れないわけでもなかった
実際現在襲ってくる睡魔は私を最早死に誘うかのような深さがある
頭が回っていないことは明白で、しかしどこかにとてつもなく大きい激情を飼いならしているかのような息苦しさもあった。
ただ雨の音が僕を追い詰めていくように脳内に響き続ける。
雨が降っていることだけが僕の意識を世界に引き止めていた。
怖くて興味深くて頭が痛かった。

水を飲もうと思い、立つ。
冷蔵庫を開けて空気の冷ややかさが心地良いような気がして視界が明滅してずるりと崩れ落ちる。
冷気が降ってくる
頭が痛くて
ぐっ、と力を逆に抜いてゆらりと立ち上がる
そのまま冷えた水をコップに注ぎ飲み干す。それを繰り返していく
そうして喉が麻痺して、感情も、頭も麻痺して
何杯目かわからない水をコップに注いでそれからふっと思い立ったようにそれをカウンターに置いて庭に出た。
出ていく前による作業できるよう庭に付属しているライトを付けたことだけはわかった。何故そうしたのかはわからない。
暗闇だった景色が照らされ
落ちる雨がしっかりと光りだした

雨は普通に強く降っていて
パジャマのまま雨に濡れる
そういえばこんな軽装で濡れたことは今までになかったかもなって
このまま寝てしまいたいと思う。
きっとこれは現実逃避だから
そう自分に場違いに弁明した
雨が僕を貫く。
それさえも優しく、怖く、痛い。
どんどん僕を雨が濡らす。
額を雫が伝い始める。
なんだかすべてが苦しいこの感覚
それを包むのは虚無感とどうでもいいという感情。
次にすべてが抜け落ちてしまったかのような透き通った気持ち悪さ。
涙の代わりに雨の雫が額を滑り落ちる
乾いていた髪もびしょびしょで服もしっかり濡れていた。
重い。
冷たい風が吹き抜ける
天を仰いだ。
もう本当に消えてしまいたいと思って
その本能に少しだけ浮上した意識を覚えた
感覚が終わった後にはただただ絶望が広がる。
うずくまりたくなった
すっと横に意識を向けると自らつけた照明がスポットライトのようにこちらを照らしていた
熱かった
照らされていた
ぶわっとせり上げてくる感情が精神を揺らす。
このずぶ濡れの自分が明るく照らされていることを、窓から、リビングから丸見えだということを自覚した。
怖い
逃げたい
もしこれを親に見られたらきっと
殺される
それからは速かった。
せめて見えないところに移動したいのに体が動かない
体が急に力を失った、
うずくまった。
う、となんの意味もない声が、音が出た。
苦しい、そうおもった。
涙が枯れていて嗚咽だけが反響しだす
風が強く吹いて僕は雨にさらされ続ける
雫は滴り続けて、僕は貫かれ続けて
時間の経過を理解することを拒むけれど
現実は僕を暗く笑った。

……どれくらい時間が経ったのか
また「ふ、」と空白の感情に身を任せ家の中に入った。
頭から爪先まで濡れていた。
リビングの床に雫が落ちる
カウンターに置いた水はとうに常温になっていて飲む気にもなれずそのまま捨てた
着替えるのが億劫だから全ての電気を消して自室の床に座って乾くのを待つ
そうしていると少しずつ冷える身体と共に冷静さを取り戻していく
そして時刻は3時半をまわった
まだ乾かなくて、でもようやく思考を持てるようになってきた頭で先程のことを思い出す。

そろそろ人生潮時かな

耳鳴りと頭痛を感じながら立ち上がる。
怠い体と濡れた衣服が鬱陶しい。
そしてお目当てのカッターを数本取り出してまた座り込む。
音を出さぬよう気をつけながら刃を出していって袖をめくる。
どこを切ろうかと思って目を凝らす
暗闇に目は慣れたとはいえ、治りかけの傷は見えない。
できれば避けたいんだけどなぁ、って。
といっても二の腕の内側ばかりに集中しているからもうそこら辺でほとんど切っていないところなんてないんだけど
もう死ぬんなら手首を切ってもいいだろうか。
いつの日か思いの外深く切って残った手首の傷を見て思う。
手首は見られやすいから面倒くさい、
とりあえず、もういいや
って思って二の腕を切り出す。
絆創膏を持っていないことに気がついて
まあいっか、先程の雨のように滴り落ちてく血液を感じた。
苦笑も狂気も愉悦もなくて
逆に可笑しいこの現状に息をつく。
寝たくない、と空気を吐き出す
寝て起きたら死ぬのをためらうかな
滴る己の血液を見ながら
相変わらず微睡みに誘われる意識を保とうと立ち上がる
次の瞬間体中が痛んだ
少しだけ目を見開いて感情が冷え切っていることに寝たくなる
棚や椅子に体をぶつけて、その上倒れたことだけはわかった
強い吐き気と、今までより強い頭痛に襲われたような感覚に
嘘だろ?と問いかけたくなる
嫌だ、と反射的に呟いた。
泣きそうになるのを本能的に拒む
だから相変わらず涙は出ない
寒くて凍える、夏の夜
なんというか「ちぐはぐ」な今
そこからの記憶は曖昧で
次に浮上した意識がまず見たのは血液が床に散乱している面倒な絵図で
残る頭痛とそれが現状と現実を自覚させてきて
妙に冴えている視界と目を背けたくなるような5時30分の文字盤を役立たない思考回路で眺める
たまらなく死にたい
そして

まだ死にたいことに安堵する。

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