【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#68
14 脱隊騒動(3)
その頃下関にいた木戸は、常備軍、第四大隊、兵学寮からの兵を集結させて、脱退兵の討伐のため小郡を襲撃するところから始めた。しかし相手は戦の場数を踏んでいる者たちで、反撃を受け三田尻まで後退せざるを得なかった。
態勢を立て直していた木戸に対して、西郷隆盛が視察に訪れていた。そもそも強硬手段に出てほしくないと考えていた節があると、木戸は見ていた。しかしもう戦が始まっていたため、西郷は薩摩からの支援を申し出た。木戸はこれを断り、長州の兵だけで乗り切ると明言していた。立て直した兵で宮市などの関所を攻撃することにした。その様子を見て、西郷は鹿児島に帰っていった。
この宮市などの攻撃は成功し、小郡で脱隊兵を打ち破ると聞多の見立通り指揮官のいない隊は崩壊していった。鎮圧隊は山口を奪還し、無事藩知事を救出することができた。木戸はすかさず騒動の首領と兵たちを反乱兵として厳罰に処していった。
聞多と三浦梧楼が山口についたのは、反乱兵たちの処刑が終わったあとだった。斬首され、適当に埋められた場所を見るのは、気が重たかった。血の臭いが消えていなかった。
「これは」
と三浦梧楼が呟いた。
「なぁ、晋作。おぬしが作った諸隊が終わったぞ。こんな舞台のこんな結末、どこにも見どころのない下手な芝居、人気など出るわけもないの。もっとも誰が見るというのだ。作者ですらやってられんだろう。いったい誰が楽しめるというのかのう。ははは、最もわしは作者か役者か」
心の中の晋作につぶやいたつもりだった。体を通して声が響き、空へ届くような気もしていた。現実としてはただ立って、空を眺めるしかできなかった。
「できるなら、江戸からの新しい役者がこの後をやって欲しいものじゃ。わしにはこれ以上は無理じゃ」
ただ乾いた風が聞多の頬を叩いた。
「やってられん。そんなこと言える立場じゃないのじゃな」
「井上さん、大丈夫ですか」
聞多は無言で立ち尽くしていたらしい。
「大丈夫じゃ。さぁ参ろう」
大きく深呼吸をすると、表情を固くして藩政庁に向かった。政庁では木戸と会い、今後のことを話し合った。
「まさか、全て終わっているとは思わなかったです」
聞多は正直に言った。
「聞多の見立通りだった。一度敗れると崩壊するように隊として形をなしていかなかった。最も首謀者の大楽などは脱走していったようで、行方がつかめぬ。多分九州のどこかに隠れておるのだろう」
「大楽源太郎ですか。なかなか因縁のある名前じゃ。もっとも逃げたものについては、追討の命が近隣に発せられることになってます」
「首謀者や兵たちには厳罰を下すことになっておる。ただし首謀者や士分のものはこれからだ」
「ここに来る途中でも見ました」
「そうか。そういえば西郷隆盛が参っておった」
「我らの対応をみるためかの」
「まぁ、すでに始まっておったから、薩摩が援軍を出すがとか言っておったが、断った。薩摩に大きな顔をされるのはたまらん」
「鎮圧について東京への報告は」
「私がしておこう」
「よろしくおねがいします」
「藩知事公もお待ちだ」
「この後お目通りをお願いしてきます」
木戸の前から下がると、大きくため息を付いた。斬首という言葉だけでも、聞多には重かった。気を取り直して、藩知事居館に向かった。
「井上聞多が参りました。知事公にお目通りを願いたい」
「お通りください」
「聞多か。良う参った」
「この度の事態、ご心痛如何ばかりかとご察し申し上げます」
「まぁよい。木戸もそちも無事で何よりじゃ」
「ありがたいお言葉。かたじけなく存じます」
「それにしても、変革とは確も難しいものとはの」
「私どもの気配りの足りないばかりに、このようなことになりました。されど、変革を止めることも相成りませぬ。これよりは政庁側において、諸国の手本となる改革を行って参るつもりでございます」
「相分かった。よろしく頼む」
そう言うと藩知事の元徳は去っていった。後ろ姿を見送ると、聞多の緊張が解けてきた。今度はこの事態を踏まえて、真の改革案を作らなくてはならない。そして少しでも早く木戸さんに届けなくては。大村益次郎に言われた性急な進め方は良くないという言葉も、頭の中で残響している。しかし拙速を改めることはわしには難しい。
その前に、朝廷から派遣された宣撫使の大納言徳大寺実則と土方久元達が三田尻に到着していた。聞多は木戸と三田尻に向かい脱隊騒動の決着についての説明を含めて、情報交換を行った。特に異論も受けることなく使者は東京に帰る事となり、そのまま見送った。