【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#96
19 予算紛議(6)
「定額」の問題は、次の段階に行っていた。各省から予算と執行計画、算定理由書が提出されていた。これを、大蔵省で検討し額を決定する。各省の希望通り積み上げると、歳入額を遥かに超えてしまう。したがって、軒並み削減させた額が通知されていた。
太政官の会議では、大蔵省井上馨対司法省江藤新平という論戦が繰り広げられた。他にも馨は文部省や工部省と対立することで、議論の相手には事欠かなかった。
「井上くんにお尋ねしたい。なぜ、司法省の定額はこのように減額されねばならんのか」
「それは裁判所の設置は、まだ時期尚早と考えたからです」
「裁判所の設置が時期尚早だと」
「まずは法の整備を優先すべきと考えます」
「法の整備もやっておる」
「しかしまだ、制定には及ばずにおる、ではないですか。箱だけ作ればよいわけではないはず」
そうだ法の整備だ。民法、刑法を制定して、日本にもきちんと法律があることを世界に示す。それが不平等条約の改正にも繋がる、最優先事項だとなぜわからん。
いや政体を明確にするには憲法を作らねば。憲法は法律の最高順位のものだったはずじゃ。立憲政体という言葉が、頭の中を離れなくなっていた。
「箱だけだと。大蔵省の見方ようわかった」
そう言い残して江藤が去っていった。
馨は深いため息をつくと、窓の外を眺めていた。江藤が立ち去ったのを見ていたのか、渋沢が入ってきた。
「今日は司法省だけですか。外まで聞こえていましたよ」
「そうか」
「法の整備を優先ですか。江藤さんがここまで大蔵を気にするとは」
「まぁ、わしが気にしなさすぎだっただけじゃ」
「どうせ、おぬし、法整備をいいたてるんは、江藤を知らんかったゆえじゃ。と言いたそうな顔をしちょる」
「わたしはそのようなこと」
「まぁええ、帰るぞ」
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