【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#136
24 維新の終わり(7)
約束通り、馨は公使館へ行った。青木は公使室に茶を運ばせると、しばらく誰も近づけないように書記官たちに命じていた。
「井上さん、お約束の品物です。こちらが武子さん用で、このリボンのほうが末ちゃん用です」
「お代はいかほどかの」
「お代は結構です。これをお読みいただいて、お話をお伺いできれば」
「それは」
「木戸さんからの文です。薩摩がきな臭くなってきたと」
「大西郷が、西郷隆盛が動くかどうかじゃな。そもそも薩摩は久光公のこともあって、大久保も強くは出られてはおらん。だから様々な改革も薩摩だけは行われとらんのじゃ。これを打破するためにも強気で当たっていかんとな。そのためにも人望のある西郷をどうするか、こちらの動き方次第じゃな」
「こちらのとは。どう挑発するかということですか」
「そうじゃ。西郷は簡単には動かんというが、義と情のお人じゃ。頼まれて担がれれば神輿に乗るかもしれん」
話をしている馨の目から、光が失われ、生気が弱くなっている気がしていた。だから木戸は前原のことを話すときは気をつけろと忠告してきたのか。この人は身内に斬られ、同郷の兵を鎮圧していたのだった。
「もし、戦となると西郷の元に不満を持つ士族が集まるかもしれんな。それだけではのうて、陸軍やポリスには薩摩人が多く居る。これらの動きも要注意じゃ。薩摩を薩摩が潰せるかの」
「それは、我らにとっては好機ではありませんか。これで芋たちの力が弱まれば。特に陸軍は」
「山縣達が苦労しておったものな。伊藤や山縣、木戸さんにも絶対に弱腰になるなと言い続けないかんか」
「そうです。僕たちがついておるんです。弱気にさせてはいかんのです」
また馨の顔に力が見えてきて、青木はホッとしていた。この人がしっかりしていてくれれば長州は大丈夫だ。伊藤も山縣も山田もいる。自分も負けないよう見聞を広め、仕事をしていこうと青木は考えていた。
「それではあまり長居も悪いからこのへんで。随分世話になったの。年が明ける前にはロンドンに戻る。婚約者殿にも礼を言っておいてくれ」
「いえいえとんでもないです。貴重なお話ありがとうございました」
公使館をでた馨は、少し気が滅入っていた。長州を征伐した時西郷隆盛は、長州は長州の手でやらせるといったと聞いた。
その西郷が今度は薩摩を薩摩の手でやらせるのか。大久保に西郷が討てるのか。ここは俊輔にも狂介にも強く行くよう伝えておこうと文を書こう。木戸さんにはつらい思いをさせることになるな。それだけが心配だった。
ずいぶん歩いていたようだった。街の雰囲気が変わり、華やかな店が軒を並べていた。さっき青木と話していたことを思い出した。サンタを迎える時枕元に大きな靴下をかけておくらしい。たしかさっき過ぎた店にそんな物があったなと気がついて、その店の前まで戻った。それらしい飾りを見つけて2個買った。
「帰ったぞ」
声をかけて、書斎にしている部屋へ行き、プレゼントのバッグの包みを隠した。ちょうど二人でお茶をしていたらしく、テーブルに向かっていたので、買ってきた靴下の飾りを出した。
「お末。これがわかるか」
「サンタクロースの靴下ですか」
「そうじゃ。これをベッドのところにかけておくんじゃ」
「父上、ありがとうございます」
末子は馨から靴下を受け取ると、寝室へかけて行った。
「武さんにもあるんじゃ」
「まぁ。これはなんでございますか」
「ママ、これを枕元においておくと、サンタクロースが贈り物を入れてくれるのです。いい子にしていないともらえないとも言われます」
「お末はもらえるかもしれないけど、私はどうかしら」
「ええから掛けておけ」
武子もベッドの枕元にその飾りをぶら下げに行った。
24日の深夜日付の変わる頃、寝静まったのを確認して、馨は末子と武子の枕元にプレゼントの箱を置くと、自分も寝に入った。そして、翌朝は末子の悲鳴で叩き起こされることになる。
「え~~~~!!!!!」
「どうしたのです。お末、はしたない」
「ママ、これを見てください。サンタクロースが」
「あっママのところにサンタは」
そう言って、箱を持ったまま夫妻の寝室に飛び込んできたのだった。
「あ~~っ、ママにもサンタクロースが来ました」
「えっなんじゃと」
「父上これが」
「本当じゃな。お末、ママに持っていって、一緒に開けたらどうじゃ」
「はい、父上そうします」
もう馨はニヤニヤが止まらなかった。
末子がここまで喜ぶとは思っても見なかった。この芝居最後まで続けなくてはと、真顔に戻してリビングルームに向かった。
「何が入っておったのかの」
「きれいなバッグです。末のにはリボンが沢山ついています」
「私のは深い緑色のビロードというのですか。美しい布のバッグです」
「お末、サンタクロースにお礼を言いましょう」
「ありがとうございます」
「父上にはなかったのですか」
「わしはええ子じゃないからの。ええおやじでもなかろう」
そう言ってケラケラと笑っていた。その姿を見て武子は気がついていたが、末子の手前ニコニコと笑っていた。
夜二人きりになると、武子は思い切って聞いた。
「貴方、サンタクロースにおなりになったのですか」
「そうじゃ。良い話を聞いたと思っての。青木に話したら、エリザベートさんに頼んでくれると言うので、お願いしたのじゃ」
「気に入ってくれたかの」
「それはもちろんです。お末もあのように喜んで」
「わしも楽しかったぞ。武さんが書斎に入るたび、ビクビクしておったがの」
「書斎に。それではなかなか気がつくものではありませんね」
「そろそろロンドンに戻るからの。こういう趣向もええじゃろ」