【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#76
16廃藩置県(2)
また朝廷に兵を差し出す件もあり、木戸は毛利敬親の上京を促すため、また山口に戻っていた。敬親は上京することを決めていたが、病に倒れ動くことができなくなってしまった。そのため敬親に代わり藩知事元徳が東京に向かうことになった。
こういった状況を木戸は馨と山縣有朋、三浦梧楼に文を送り伝えた。そうしている間にも敬親の病状は悪化し、3月28日薨去された。
「なんでこんな状態になるまで、知らせてくれなかったのじゃ。梧楼はどうする。わしはなんとしても、山口に帰ることができるよう手続きをしてくる。一緒にもどるか」
「井上さん、ご同行します。木戸さんを説得するのを手伝います。それに兵部側の意見を伝えなくては。そのほうがええと思います」
三浦梧楼と共に山口行きの命を受けて、馨は急ぎ向かった。大久保からは木戸を東京に連れ帰り、参議に就任させることを望んでいるという話もあった。山口につくとさっそく三人で木戸に会った。
「木戸さん、殿の薨去誠に残念なことじゃ。こんなことになるなら、もう少し早く山口に来るべきじゃった。お礼もお詫びも、お伝えしたいことが、沢山あったのに」
「殿も聞多の話を聞きたかったであろうな」
木戸と馨と三浦梧楼は敬親公の冥福を祈った。
「木戸さん、兵とともに藩知事公も上京するというお約束の件、早速取り計らって頂きたい」
三浦が単刀直入に言っていた。
「そうじゃ、そのためにわしらは、ここに来たのじゃ。木戸さんも共に東京に来てくれんと、問題の解決が図れん」
「努力はする。早速会議にかけよう」
「頼みます」
そうして、いざ会議に臨もうとした時、知らせが来た。九州の鎮圧のためですら、薩摩は兵を出さないというものだった。これを聞いた山口の藩政府は、兵の派遣に消極的になってしまった。木戸も東京に上がることを、しばらく断念することにした。
「薩摩は一体何を考えとるんじゃ。大久保さんもわしらに、木戸さんを連れてこいといいよるが、まずは久光公と西郷をなんとかすべきじゃろ。わし等を使い走りにしておらんで、己のやるべきことを、まずやってみせろっていいたいの」
「井上さんそこまで言わなくても」
三浦梧楼が思わず声をかけた。
「ここだから言えることじゃ」
「常備兵の問題は政府の根幹でありますから」
「薩摩はというか久光公は、ご自分の影響力を残されたいのじゃろ。それだけは阻止せねばの」
事態が進まないでいると、薩摩の対応の説明のため、大久保と西郷従道が三田尻についたと連絡が来た。木戸と馨は大久保の宿を訪ねることにした。大久保からの説明を受けて、木戸と馨はとりあえず薩摩の動きを理解した。
そのあともう一度大久保を訪ね、共に東京に戻る段取りを確認した。大久保と西郷従道は下関から船に乗り、三田尻に寄港し木戸と馨を乗せて大阪に向かった。大阪には大隈と伊藤が居るはずだった。
「木戸さん、わしが俊輔と会うのは、アメリカから帰ってきて初めてじゃ。何を見聞きしちょるか話を聞くの楽しみじゃ」
「だがせっかくアメリカから帰ってきても、大久保さんと合わず、大阪で造幣寮頭と兼任になるとは残念だろう」
「そこは木戸さんの腕の見せ所じゃ」
「聞多、気楽に言うものではない」
「わしにも考えは有るがの。まずは木戸さんが参議に就任することじゃ」
「それは、私一人がやればいい、というものでもなかろう」
「大久保さんとしっかり話し合ってほしいの。それからじゃろ」
馨は木戸と大久保と共に大隈と伊藤が宿泊している宿に向かった。
「大隈さんに伊藤くん、木戸さんと大久保さんじゃ。折角の機会だから話し合いをとのことじゃ」
とりあえず馨がその場を仕切った。
「大久保さん、これは大蔵の立場としては、民部との分割も納得しとらんし、これ以上業務の分割は賛成のしようもない。これはわかっていただきたい」
そう言って、馨は大久保の官制改革に反対した。他にも伊藤がアメリカでの見聞の披露したりしてその場は終わった。大久保は木戸を連れて東京に向かった。馨は大隈と東京に帰ることにして、しばらく大阪に残った。
「それにしても、あれやこれやでむちゃくちゃになっちょる。それと折角の機会だから造幣寮の見学もお願いしたいの」
「造幣寮の見学は大丈夫じゃ。でも聞多、それじゃ意味がわからない」
「攘夷派は反乱を起こし、福岡・久留米は抑えようともせん。藩の影響を排除した兵を持つべきとは言っても、薩長でさえ意見が相違して実現が困難なままじゃ。木戸さんと大久保さんは根幹で意見が合わず、政策推進には程遠いしの。はち、俊輔に付け加えることあるか」
「馨、吾輩もそんなところじゃ。木戸さんに参議就任を認めさせる必要があるくらいであるな。ただ単独では、と言うことであるから、西郷さんにもどうかと思うところである。西郷さんも薩摩から兵を持ってきておるし、御親兵としては申し分ない形になっておる」
大隈が馨と言ったのに、伊藤が少し意外だと言う表情をした。しかし誰も気にしていなかった。
「状況はわかった」
伊藤が二人の顔を見比べながら言った。
「俊輔、何かを動かしたいが、その何かが難しいところなんじゃ」
「僕はとりあえず、大蔵省の改革案でも東京に送るよ」
「楽しみにしとるよ」
次の日、博文は大隈と馨を造幣寮の見学に連れて行った。
「随分形になったの」
「ここで硫酸を作るのであるか」
大隈が博文に聞いた。
「そうだ。鋳造、成形すべて一貫でここでやる」
「俊輔、キンドルはうまくやっとるか」
「なんとかできている。とは言っても馬渡はかなり苦労してるよ」
「そうか、馬渡に仕事をしろと言っといてくれ」
馨は笑いながら言った。
「そういえば聞多、最近返事もらっていない気がするんだが」
「そうじゃったかな。それじゃ今度は、長文をおみまいする」
「楽しみに待っとる」
馨は大隈と東京に帰っていった。楽しそうな二人を見て、博文は取り残された気分になっていた。