【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#40
9 薩長盟約(2)
下関の茶屋で、木戸、晋作、聞多、俊輔で宴席を持った。その光景は俊輔には懐かしく、新鮮に思えた。
「桂さんじゃのうて、木戸さん、無事のお帰りおめでたいことじゃ」
聞多が上機嫌で木戸に酒を注いで言った。
「君たちこそ、大変な思いをしたのではないか。特に聞多と俊輔は。せっかくエゲレスに行ったのにとんぼ返りではの」
「わしらのことはええんじゃ。なぁ俊輔。晋作もかなりの綱渡りじゃったよ」
聞多は俊輔のほうを見て笑った。
「僕はなにも。でも聞多は」
「ええんじゃ、言うとる」
遮るように少し怒りを含ませて、聞多がかぶせて言った。
「わしがしくじっただけのことじゃ」
「いいじゃないか、俊輔。こうして揃って飲んでおるんだ」
晋作が俊輔に含めるように言った。
「木戸さんが松さんを連れてくるとは少し驚きましたよ」
「まぁいろいろ苦労かけたし、手伝いもさせたからけじめをつけることにした」
「俊輔だってなぁ」
「すいません。こんなことで木戸さんにご厄介をかけさせて」
俊輔は頭をかきながら、照れていた。
「萩から山口に引っ越すし、この際離縁のこと、はっきりさせたいと思ったのですが、簡単なことではないと思ったので、仲立ちをお願いしてしまいました」
「いいじゃないか、俊輔は梅さんに食わせてもらったようなものだからな」
「皆ええあなぁ。うん待て、晋作はおうののこと家に知られとるのか」
聞多は晋作に突っかかるように言った。
「それについては何も言わん」
「そうか、それは面白い」
聞多はにやつきながら、独り言のように言っていた。
そんな聞多が用を足しに席を外すと三人で話を始めた。
「聞多は斬られた時のこと、何も言っていないのは本当ですか」
「あぁ、目付の調書も確認したし、周りにも聞いてみたが、何も覚えていないし、心当たりもない、下手人は探さなくていいとしか、言っていないということだ」
「でもそれは、何か知っているということでは」
「僕は探らないほうがいいと思うぞ。身内でも対立したという話はいくらでもあるからな。この話はやめとけ」
晋作のこの言葉で探るのはやめることにした。
席に戻ってきた聞多は「なんかしみじみしとらんか」と妙に明るい声で言った。
「そういえば、村田さんが上海に行くはなしはどうなったのじゃ」
聞多が木戸に急に聞いてきた。
「うまくはいかなかった。公儀は長州に武器を売るなと命を出したからな、流石の武器商人も縮み上がっておる」
「だが、中岡慎太郎という、大宰府におられる三条様についている者が、面白いことを言い出した」
「それは何ですか」
俊輔が興味深げに尋ねた。
「薩摩が極秘にわが長州と手を結びたいと言ってきたのだ。それならば武器購入の仲介・名義貸しはできぬかと話をした」
「薩摩がのう。それが可能ならば面白いの」
聞多も興味ありそうにしていた。
「薩摩というか、その中岡という奴信用できるのか」
晋作は疑いを持っているようだった。
「薩摩には公儀を倒す意思があるらしい。先だって坂本龍馬というものにも会った。我らはそもそも八方塞がりだ。薩摩を利用してでも、新しい武器を手に入れねば、洋式兵制も実を持たぬ」
「聞多、俊輔、君たちに中岡らとの交渉を頼みたいがどうだ」
木戸が二人に話を振ってきた。
「僕はいいですよ」
俊輔が言って、聞多のほうを向いた。
「わしも大丈夫じゃ。晋作にも他の皆にも無理じゃろ。薩摩と聞いただけで嫌悪するのが多そうじゃ」
「木戸さんが下関に来たのはそのためだったのか。そもそも僕は前に、坂本龍馬に会ったことあるのだけれどな」
晋作は納得したように言った。
「僕たちは長崎に行くことになるのですか」
「そうだ、薩摩からの名義借りの方策のほかにも、自力での購入も考えておいてほしい」
「わかった、俊輔は少し前にも長崎に行っとるからうまくやれるはずじゃ」
聞多は俊輔と長崎に行き、武器購入に努めることを請け負った。
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