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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#43

9 薩長盟約(5)

 山口の政庁に向かい山田や広沢と会った聞多は、基本方針を確認していた。なるべく速やかに木戸の京への派遣を決定したいということだ。
 まずは殿にお目通りを願った。
「この度お目通りをお願いしたのは、木戸様の薩摩との関係を作る為上京をする件についてでございます」
「木戸や広沢からも話は聞いておる」
「藩要路の方々は、薩摩との連携につき皆進めることで一致しております。しかし、先だっての京での戦になった件での、薩摩の動きに憤りのあるものが、特に奇兵隊や諸隊には多くございます。木戸様の上京は薩摩の要路、筆頭家老の小松様のお申し入れでもあり、ぜひともお受けしたいことなのです。殿におきましてもこれらのことご理解いただきたく、奏上いたします」
「聞多の申す事、考えておく」
「ありがたき幸せにございます」
 殿には皆で話をしていき、切実なことと思っていただくしかないのだろう。

 今度はもっと重大でやっかいな相手だ。理解を示してくれない諸隊に、話し合いをする為、向かうことにした。その中でも一番強硬だと言われているのが御楯隊の御堀耕助なので、聞多は二人きりでの対面を願った。

「忙しい所申し訳ない。何しろ時間もないのじゃ」
 聞多が切り出した。
「薩摩との連携のことですか。木戸さんを京に送るという話」
「そうじゃ。武器の購入で骨を折ってもらって、その先に進みたいというのが木戸さんを始めとする藩要路の考えじゃ。もちろんわしもそう思うちょる」
「我らは薩摩に痛い思いをさせらてます。痛い思いじゃ軽いですな。恨んでいるものが多いのですよ」
「朝敵とされたあの京での事件は、薩摩だけが悪いわけでもなかろう。実際高杉などが反対していたしの」
「それは井上さんが、あの戦の当事者としての意識がないからじゃ」
「久坂だって同志じゃ、ましてや来島様は遠縁なお人じゃ、かかわった人が身内におらんなんて、そうはないはずじゃ」
「なればこそ、悔しゅうないんですか。薩摩があのような態度をとらんかったら、あのような最期には」
「そりゃ悔しいが、そこでこだわっておっても前には進めんだろ」
「いや我らには亡くなった人たちが、薩摩との話を喜ぶとは思えんのです」
「そうは言っても、そもそも死者に和解はできまい。死者が和解をできなければ、生きとる我らも、和解できないというのは納得できんの。そんなこと言うとったら、生きとるもんはなにもできんじゃないか」
「我らの意見は変わりません。薩摩と手を組むのは時期尚早です」
「そうか。それは残念なことじゃ」

 聞多は引き下がるしかなかった。しかし、御堀のこのような意見が通じるのも、どうかしているとしか思えない。進歩を拒んでどうする。新しい世を作らねば、死んでいった者たちに顔向けができない。
 これでは表向きと実が伴わないままだ。事を成すなど無理ではないか、とあきらめが出てくる。そもそも割拠など無理だし、富国ですらならないのではと考えてしまう。

 それにしても、黒田に木戸さんが同行できそうもないことを、どう説明したらええんじゃろ。

 木戸の説得の状況も確認したいが、こちらも進んでいないのでは合わせる顔がないなとひたすら落ち込んでいた。そんな時政庁に集まり皆で至急対策を立てるように要請が来た。
 聞多はあきらめた状態で向かった。
「聞多、君の状況はどうなのか」
 木戸がまず聞多を指名した。
「殿への奏上は行いました。ただし、一番問題の御楯隊の協力は得ることができませんでした」
「私のほうも前原一誠の説得に失敗した。これでは薩摩との提携はかなわぬことになろう」
 木戸はひどく気落ちしているようだった。

 聞多は広沢のほうに向きなおって言った。
「広沢さん、殿から木戸さんへの上京の命を出してもらうわけにはいかんのでしょうか」
「それは考えてみる。世子様にもご協力いただこう」
「私はこの件うまくいかなければ、お役目をはたすことできない身を恥じて出仕を控えようと思う」
「木戸さんそのようなこと言ってはダメじゃ。束ねとして仕切って欲しいんじゃ」
 聞多がいつものように言った。
「ここまで来ても、突破口が見つからないのは、やはり無理ということではないのか」
 木戸はほとんどあきらめていた。
「安請け合いはできないけれど、とにかく君側の動きで変えられることはやっていきたい」
 広沢が深刻な雰囲気で言うので、木戸も聞多も任せるしかないと思っていた。


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瑞野明青
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