【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#44
9 薩長盟約(6)
この件は翌日大きく動いた。藩主敬親公が木戸の上京の目的を状況探索として命じたのだ。
これによって、奇兵隊、各諸隊から同行者の人選も進み、希望通りといかないまでも、品川、三好、早川、田中といった面々が木戸の同行者として決定した。
上京した木戸一行は西郷隆盛の屋敷に入ることになった。その後小松帯刀の屋敷に移動し、話し合いを持った。
「木戸殿、公儀はいくつかのご処分を長州にくだされるのではという話を聞きました」
小松がまず切り出した。
「我らにとって処分とは、先だって行われた家老三名の切腹によって終わったものと考えております。重ねての処分などありようはずもないと思います」
木戸はこれ以上の処分は受けるつもりはないと、きっぱりと言い切った。
「どうしても、ご処分を受け入れろと申されるのなら、征討を打ち払うまでのことでございます」
長州の立場はあくまでも、公儀を迎え討つことだと強調した。これだけは、曲げることのできない話だった。
「確かに、戦への備え、我が薩摩もお手伝いさせていただいので承知しております」
小松は傍に控える西郷と少し話をしていた。
「一応、処分案として、十万石の減封や藩公の隠棲が上がっていることはお話いたします。実際お国のご事情もありますから、薩摩として申すこともあまりございませんゆえ」
「我らからのお願いがございます。こたび戦になり、勝つにしても負けるにしても。もっとも負けるにしても簡単には負けるつもりはございません。一年以上保ってみせます。朝廷に対し朝敵の汚名を雪ぎ、藩主復権の周旋をよろしくお願いしたい」
「それは我が薩摩にしても、長州様と手を結ぶ以上当然のことと考えております。お引き受けいたします」
「かたじけなく存じます」
こうして、会議を終えて一人になった木戸はこの結果をどう持ち帰るべきか考えていた。話し合いに参加した長州側は自分ひとりで、この立場を説明できるのも自分自身のみ。
せめて誰か第三者が証明してくれなければ、成果と呼べないのではと思った。とりあえずこの会議の内容を文章にして、相手の小松、西郷に確認を取る。そのうえで誰かに証明してもらえば良い。ただし時間もない。どうやったらうまくいくのか。
次の日話し合いの場に行こうとすると、反対側から坂本龍馬が歩いてくるのが見えた。木戸はその姿を見て、一つひらめいたことがあったので、坂本を呼び止めた。
「坂本さん、少しお時間ありますか」
「大丈夫ですが」
「これから、小松殿と会談をすることになっているのですが、坂本さんにも立ち会ってもらいたいのです。坂本さんなら小松殿もご了承していただけると思います。ご一緒してください」
「わかりました。ぜひにも、どうぞお連れください」
ふたりで、会談の場に臨んだ。小松が西郷を引き連れてすでに座っていたので、木戸も坂本ともに席に着いた。
「私が、昨日までの成果を文書にいたしました。小松様にもご確認いただき、坂本さんに証明文をつけていただきたいがどうでしょうか」
木戸から提案をしてみた。小松と西郷は少し話し合いをしていたが、納得できたようだった。
「木戸様のおっしゃる通りで問題ありません。そこに書かれている内容で間違いはありません、坂本君証明をしてくれないか」
坂本もその文を見て「これなら薩摩様もご納得でしょう」と言って証明をした。これを受け取った木戸は、安心納得して帰国していった。
木戸はこの会談の成果を、覚書として残すことができた。
具体的な形での両藩の交流としては、同行者の一人品川弥二郎等が薩摩藩京屋敷に入り、情勢探索をできることになった。
また黒田清綱が薩摩の使節として長州に派遣されて藩主茂久、父久光からの親書を奉呈した。その返礼で木戸が薩摩に行くという交流も行われた。様々なやりとりで両藩の関係は強化されていった。
その裏で、長州が購入を希望しているユニオン号の帰属に関して、問題も起きており、なかなか一筋縄ではいかない状況になっていた。仲介の亀山社中と長州藩政要の山田宇右衛門が出てきて、交渉することでどうにか長州が権利を持つことで決着を見た。
村田蔵六改め大村益次郎が木戸の抜擢により兵制改革を行い、装備の近代化も図られ、挙国一致の戦時体制が作られつつあった。
一方で薩摩は長州への再征に大義はないとして出兵を辞退している。それでも公儀特に一橋慶喜を中心とする一派は、長州征伐に向けて動き出していた。
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