【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#90
18 秩禄公債(7)
ロンドンに移動していた吉田から文が届いた。日本国政府が公債発行のため動いていることは、世界の金融機関に明白になっているので、ここで中止することは信用問題になる。そして8%以下では発行は困難なので利率の再考を願うとあった。また大隈と渋沢を集めた。
「吉田から報告が届いた。いよいよ腹をくくらんといかん」
「8%で発行するか」
「渋沢、返済計画の表を」
「こちらに、やはり8にすると大きな変更が必要になります」
「先日横浜に行ってきた。3000万を1000万に減額するとどうなるか相談してきた。回答は1000万では手数料や利息面で募集が難しくなろうと。それで2000万の募集をかけて、1000万で中止するのはどうかと言われた。1000万ならば無理はなくなるな、渋沢」
「はい、井上さんのその案が今は一番かと」
「馨、1000万では一般予算に回す金が無いぞ」
「それが腹をくくるということじゃ。秩禄公債のための金しかのうなる。殖産興業分は諦めるか別の手段を図るかじゃ」
「それでは定額に応えるどころか、削減必至ということになりますのか」
「最低でも600万削ることになろう。大隈さんはどうじゃ」
「公債額は1000万に抑えるしか無いのであるな。わかった」
「これで決まりじゃ。渋沢、正院に変更する旨手続きを頼む。吉田にはわしが報告しておく」
これで大蔵省の足かせがまた増えた。
明治5年10月からの会計執行のため、大蔵省は「定額」という形で必要な費用について一年分の予定を項目ごとに算出し、説明を入れた文書を提出するように正院から通達を出させていた。しかし、提出してきた省は全てではなく、また提出しているところに関しても計上の理由が足りないなど問題ばかり目立った。
しかもこの頃、文部省は学制を定めて学校の設置をする準備に入っていたし、兵部省は徴兵制、司法省は裁判所設置と新規施策に乗り出していた。
遣欧使節団側の条約改正の全権委任状や台湾をめぐる問題でも明らかになったように、新規施策を自重するよう定めた約定書に大した意味はなくなっていた。
馨は西郷隆盛のもとを訪ねていた。
「先日、大久保さんとの話し合いでお願いしとった「定額」についての会議を速やかに開催していただきたいのじゃが」
「あぁそげなら大隈さにお願いしたもんそ。大隈さにも話を」
「わかりました。大隈さんと詰めます」
馨は西郷にはこれ以上言っても無駄だと思い引き下がった。
自室に戻ると、機嫌の悪さを見て取った掛員はしばらく行かずに済むように、仕事の仕方に気をつけた。それでもその「原因」について確認をする必要のある人間はいる者で、佐伯が意を決して入室していった。
「失礼します」
「なんじゃ」
「あの、「定額」に関する会議はどのようになりましょうか」
「どのようにも、どころじゃない。どねーもこねーもなっちょらん」
「はぁ。しかし、急ぎませんと執行期間に間に合いません。いっそのこと各省を呼び出して説明していきましょうか」
「そげなことしようもんなら、また大蔵は傲慢じゃ言われるぞ」
「確かに」
「わかった。今度は大隈さんにも協力を求めておく。なるべく早くな」
「それでは失礼します」
そう言うと佐伯は下がっていった。
「それにしても、西郷め」
やっと口にすることのできた言葉だった。