トランジットでイスタンブール
イスタンブールについたのは、朝の5時だった。
飛行機から一歩降りると、ああなんて全てが新しいんだろう。初めての国に来たとき特有の感覚だ。空気も匂いも踏みしめる地面も、わたしを取り巻く全てが新しく異質で、魅力される。わたしはまだここを知らない! 赤ん坊が初めて世界を見つめるまなざしで、一瞬だけわたしも世界を吸収できる。 搭乗口から絨毯を踏みしめて歩き出す。
薄暗いイスタンブール空港に、原色の看板が目にまぶしい。
実はこの空港はすぐに新しくなるらしい。わたしがこの建物に訪れることはもうないのだろう。
バスに乗り込むと、ガイドのビリーがトルコについて解説を始めた。彼はこの街の大学で日本語を学んだという。数年でここまで流暢になるものなのか......。「渋谷育ち、恵比寿生まれデース」などとふざけることも忘れない。
謎の橋を見た。
有名なのだと思うけれど、話を聞いていなかったため、なぜ有名なのか、というより橋の名前すらわからない。周囲のツアー客がピースサインで写真をパシャパシャ撮っているのだがわたしには有り難みが分からず、むしろイルカの電話ボックスやびっしり貼られたポスターなどを面白く見ていた。
ブルーモスクにアヤソフィア。
わたしはずっとトルコに行きたいと思っていたのだったけれど、その大きな理由がブルーモスクを見てみたかったからなのだ。残念ながら早朝なので内には入れないない。けれど一目見られて良かったと思った。いつか、中も。
ブルーモスクに近づいてみると、こんな柵がある。白の唐草模様の中に金色のチューリップが可愛らしい。
実はチューリップは、トルコ人の花なのだそうだ。
移動中バスの車窓からも赤いチューリップを象ったライトが見えていたのだが、ビリーによると他にも街中にモチーフが点在しているという。
「チューリップの形がアッラーという文字に似ている」ことから愛されているのだというのだ。
しかしビリーはそういうが、帰ってきてから調べてみるとすこし違う。
「トルコ至宝展」のコラムによると、
チューリップはトルコ語で「ラ一レ(lâle)」と言います。オスマン・トルコ語の表記に使用されていたアラビア文字で、ラ一レの綴りの文字配列を変えると、イスラム教の神のアッラーという言葉になり、さらにはアラビア文字で表記されたラ一レを語末から読むとトルコ国旗のシンボルでもある三日月(ヒラール)という言葉に変わるのです。そのような事情から、チューリップは花として愛されただけでなく、宗教的、国家的な象徴としても崇められ、チューリップヘの畏敬を表した品々が数多く作られるようになります。
とのこと。おそらくこういうことなのだろう。
太字にした部分をビリーが日本語にし間違えたか、わたしが聞き違えたか。
どちらにせよ、彼らにとってチューリップは日本人にとっての桜のような存在なのだ、きっと。
広場まで来る頃には空はすっかり明るくなっていた。
解説を聞きながら進むわたしたちを、犬が追ってくる。
可愛い可愛いとちやほやされていたが、わたしは狂犬病が怖くて遠巻きにしてしまう。
ヒエログリフで「アッラーを讃える」と書かれているという。
絡み合う蛇の像。頭は博物館にあるらしい。
それから硬いパンに甘い蜂蜜をつけたのを朝食にいただき、お土産もしっかり売りつけられて、わたしたちはイスタンブールを後にした。