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【檀一雄全集を読む】第一巻「埋葬者」

 太平洋戦争のなか、檀一雄は陸軍報道班員として中国を渡り歩き、日本に帰ってくると妻律子は病臥していた。その中国への旅立ちから帰国、律子の看病と死までを書いた小説が「リツ子・その愛」「リツ子・その死」だ。「埋葬者」その後日談とでもいうべき小説で、律子の葬儀から埋骨までが書かれている。

 冒頭から、放浪癖のある書かない(稼げない)作家に対して親族の冷たい視線と言葉が向けられる。しかしそれに反発する心が檀を奮い立たせ支えているようでもある。個人的にはこの常識を信奉する市民や社会に檀が投げかける冒涜と懐疑の言葉がおもしろい。そこでは亡くなった律子までもが「これこそ、俺が足蹴にかけてつき落としてしまわねばならなかった、先ず最初の俺の中の恥部ではなかったのか」と言われるのだ。逆説だとしてももの凄い言葉だ。

 この小説のタイトルになっている「埋葬者」というのは檀ではない。神懸かりの奇行によって村中から嫌われている老女オフイだ。彼女だけが律子への同情で檀を責める親族と違い、妻を喪った檀の心に寄り添ってくれる。前半の殺伐とした雰囲気が、オフイによって徐々に和んでいく。それは檀が律子の死をゆっくりと受け入れていく過程のようだ。


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