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【檀一雄全集を読む】第一巻「芙蓉」

 登場人物の名前をこそ変えているが、この作品は檀一雄が最初の妻律子と結婚した頃のことを下地にして書かれたと思われる。

 ところが話の中心は新妻ではない。主人公にとって育ての母にあたる「由比の母」への追慕が綿々と綴られていく。

 主人公は妻吹江に具体的な説明をせずに新婚旅行の日程を決めるが、それは由比の母の家とその墓前を弔うことが目的なのだ。由比の母の記憶を辿りながら旅は進む。妻吹江の姿は頼りなく、由比の母の思い出に紛れて消えてしまいそうだ。

 「母の手」やその他母を扱った随筆を読んでいても思うことだが檀のこの母への執着は何なのだろうか。自分には母に対してそこまで強い気持ちが無いので読んでいて訝しい気持ちもあるが、檀の半生を知るとそれも無理からぬこととも思える。檀が九歳の頃に檀や兄弟を残して駆け落ちのように出奔した母。幼い檀の母を想い焦がれた日々が想像される。それは檀にとって文学上の大きな資産でもあったのだろう。


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