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【檀一雄全集を読む】第一巻「吉野の花」

 時代物の小説だ。資朝卿(日野 資朝/ひの すけとも)の話で、鎌倉時代の後期に中流貴族の家に生まれながら才覚で公家まで昇り詰めたものの、六波羅探題に倒幕計画を疑われ、捕縛されて審理の結果佐渡への流刑となった人物らしい。

 その資朝を慕う旅の法師と訪れた草庵の庵主とで、資朝の思い出話をするという話だ。なんだか太宰治の「右大臣実朝」を彷彿とさせる。

 「吉野の花」は昭和十七年に発表され、「右大臣実朝」は昭和十八年に発表されている。そうすると、満洲から帰国して太宰に会った際にお互い実朝を書こうとしているという話をした辺りに書かれた小説だと思われる。太宰と題材が被ったから実朝から資朝に変えたのか、それともこの時期の檀が鎌倉時代の才人に興味があったのか、それとも檀と太宰が連れ立って遊んでいた時期に鎌倉時代の話がよく上がっていたのか、その辺りを想像すると興味は尽きない。

 この「吉野の花」は、引き締まった文体で、資朝の資質を語りながら檀の美意識というか人生観というかを語っているような小説だ。

 金は山にすて、玉は淵に投じましょう。一人一人の私の営為を棄てて、侘びつつも、この見えざる心緒の遠大の母胎に帰依し、静かに己の心を正しまするならば、電光、朝露の定めなき私の生涯も、定めなきが故にかえっていみじくもあわれにも思われましょう。

檀一雄「吉野の花」

 こういった心境が太宰と離れ兵役を経て中国を旅した檀が手に入れた創作への姿勢であり手掛かりだったのかもしれない。


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