【檀一雄全集を読む】第一巻「後生安楽」
広島県にある竜谷寺(もちろん架空の寺だ)の和尚甲野寂念がいかにして後生安楽の地位を築いていったかという行状記。
腰の曲がった村の善男善女の尊敬と信頼を一身に受ける寂念ではあるが、決して高潔な和尚ではなく、むしろ物欲も肉欲も名声欲も人一倍あってそれらを手に入れるためには深慮遠謀を凝らす計算高い人物だ。
例えば寂念は金塊を持っているが、これは召集され従軍したのちに帰還した寂念が妻のオミネの不義に気づき、復讐としてその相手である小野中尉から騙し取った軍用品を売って得た金で作ったものだ。寂念はオミネを中尉に引き取らせるが、中尉を騙すのに共謀した元信和尚が急逝したことを知ると、元信が気に入っていた温泉宿の少女ミチを後妻にする。
万事がこの調子で清々しいほどの俗人だが、それらは全て寂念の綿密な計算のもとに行われているため、行いとは裏腹に着々と村民たちの尊敬と信頼を得ていく。まったくもって馬鹿馬鹿しい話だが、坂口安吾のファルス小説のような軽妙な語り口がその滑稽さを際立たせている。
しかし檀はこの小説で寂念の行状を批判しているわけではなさそうだ。むしろ後生安楽を目指して邁進する姿を好意的に見ているようですらある。もしかしたら檀は、この小説で仏教的善性の枠を思い切り外した大胆な和尚を創造してみたかったのかもしれない。そしてその枠を外した大胆な人物造形は、のちに「石川五右衛門」で大きく花開いたのではないか。そんな意味において、太宰治よりも坂口安吾と行動を共にすることを好んだ戦後の檀の志向を感じさせる作品だ。