
【檀一雄全集を読む】第一巻「冬の瓦」
満州から帰国し、最初の妻律子と結婚して石神井公園池畔の借家に住むようになってから始めて発表した小説。
おそらくほぼ事実に即した私小説で、実母の新たな嫁ぎ先の弟で自分と同じ名前の一夫と韓国の仏国寺を旅した時のことが語られている。
結婚したことがきっかけだったのか、坂口安吾との交友が復活し、安吾の「吹雪物語」の失敗以降の平明で落ち着いた文体や豪放な人柄の影響なのか、「魔笛」以前とは明らかに文体が変わっている。観念的で冗長な語りは息をひそめ、落ち着いた文体で自分が見つめた風物と人柄を通して自らの人生観を語っている。
「清く美しいものは亡びない。或いは、清く美しい種族は亡びない。生生発展して亡びることがないでしょう。けれどもこれはむずかしい事でしょう。大変にむずかしい。その力を持続することは。その噴きだすばかりの孤独な力が少しでもひ弱になれば、もう何の威力もありますまい。真の美しさというものは脆弱ではありませんが、危険です。(略)私達が薄弱になることを防止し得るたった一つの方法はありましょう。リルケがロダンに就いて語っています。あの人は孤独だが孤立してはいない。何故なら自然との連繋のなかにあるからだ、と。おそらく芭蕉もそうでしょう。いや、すべての偉人たちがそうでしょう」
この言葉なんかは檀一雄の作品と生涯を象徴しているようだ。ここまで初期の小説をほぼ発表順に読んできて、この「冬の瓦」が小説家としての檀の、文壇においてではなく個人的に大きな転機だったのではないかと感じた。