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【檀一雄全集を読む】第一巻「夕張胡亭塾景観」
この小説は第二回芥川賞の候補作になった。冒頭に掲げられた句「歯こぼれし口の寂さや三ッ日月」は実際に檀一雄が太宰治に送った葉書に書かれていたものらしく、その葉書の内容は差出人を黒田重治と変えながら太宰の小説「虚構の春」に挿入されていると檀が「小説 太宰治」で明かしている。
物語は「志士ともつかず、俳諧の宗匠ともつかず」に胡亭が開いた塾を舞台に、肺病の弟子真吾とその恋人綾、海外を旅して周り一時的に返ってきた小弥太とその息子圭介といった人々の交流が描かれている。
胡亭と小弥太は非常に露悪的な友人関係で、口悪く罵り合っているようで労わり合っているようでもある。小弥太の旅行資金は胡亭が出しているようだし、小弥太が旅に出てしまったあとの妻子のことなどは「ようし、後は俺が引受けた」と実際に塾に住まわせて面倒を見ている。何につけ良く言えば豪放磊落、悪く言えば粗暴な言葉や行動が目立つ二人だが、気が合うんだろう。結局小弥太の妻は胡亭の妻のようになった揚句胡亭が無断で北海道旅行に出たことで「また捨てられた」と勘違いして自死してしまうのだが。
そんな無頼漢の胡亭と小弥太だが、小弥太は快活な病人真吾と彼に寄りそう献身的な綾と接するうちに、疑似家族のような胡亭塾での暮らしに喜びを感じるようになっていく。そんななか胡亭と真吾が相次いで急死する。放心する綾に自分は惚れているのではないかと自問する小弥太だが、その情味を振り切るように再び旅に出る。圭介を残し、胡亭や真吾に先立たれた綾を残して旅立っていく小弥太は、頼られること、他人との関係で自分が限定されることに耐えられない人間なんだろう。それは無責任だと言うこともできるし、綾の献身はつまり他人に全てを委ねているだけでもあり、際限無く頼られることへの不安を小弥太は感じたのかもしれない。
ただラストシーンで綾は圭介と住む胡亭塾に温泉を掘り当てる。他人に縋るばかりで自分の考えが無いようだった綾だけが子供を養いながら自活していく道を見つけるのだ。ここには実際の放浪や遊蕩を題材に小説を書いた檀一雄自身の自省と懺悔が込められているのかもしれない。