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【檀一雄全集を読む】第一巻「逗留客」

 この全集で初めて読んだ小説だ。解題にも「本全集において初収録」と書かれている。初出は保田與重郎らが刊行していた同人誌『コギト』とのこと。

 おそらく明確なあらすじを作らずに書いていったものと思われる。はじめは赤木剛造という実業家が女性関係の不始末のために温泉宿に逃げるように逗留するという話が書かれ、そしてその温泉宿に逗留している他の客がそれぞれ紹介され、さて彼らの間に何事か起こるのか、というところで唐突に終わってしまう。

 もしかしたらあらすじはあったが最後まで書き終えることができなかったということかもしれないが、それにしてもこれは未完のまま投げ出されたことがあからさまで、既刊の小説集に採用されなかったことも頷ける。

 この頃の檀一雄にはこういう小説が多い。太宰治と遊蕩の日々を送っていたこともあるだろうが、太宰は着実に小説を書き継いでいる。パビナール依存に苦しんだ時期でさえ「創世記」のような前衛的な作品はあれど、小説を書くことをやめなかった。檀については書かなかったというよりは、書きたいものを書く術が無かったという方が正しい気がする。

 坂口安吾もそうだが、戦前はやけに硬い文体で持って回ったような言い回しをして、「文学らしさ」のために書こうとしている題材が上手く伝わらずに読みにくい小説になっていることが多く、戦後になると肩の力が抜けた文体になり自らの目で見つめた人間の様相を自在に書けるようになったという印象がある。

 この書けなかった時期の檀や安吾の小説も時々読みたくなる魅力があるのはどういうことだろうか。何が言いたいのかよくわからないくどくどしい語りの中に時々、非凡な視点や表現を見つけることがあるからだろうか。それともその時期の悩みやもがきがそのまま反映されているのを感じるからか。檀の小説を愛好する者としてはこの小説も楽しく読むことができた。


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