チョコレートはコインロッカーの中に 【ショートショート】
今日も部活をサボってしまった。
なんで、あんな部活入ってしまったんだろう。人間って、楽な方楽な方に流れてしまうんだな、なんて事を考えながら、あたしは友達とレコードショップにいた。
「この曲、いいよねー。」
「うん。あたしもこれ好き。ね、この後どこ行く?」
「ソフトクリーム、食べに行こうよ!」
ここは、駅ビルの中のレコードショップだ。あたしは、自転車で高校に通っているけれど、友達は電車通学の子が多い。それで、あたしは友達とよく駅ビルに来ている。レコードをあれこれと眺めながら、あたしはバイトの店員さんをそっと見つめていた。
あのバイトの店員さんに、あたしはほのかな恋心を抱いていた。
志望校の変更をさせられたものの、無事に高校に合格したあたし。不本意ながら入学した高校だったけど、入ってしまえばそれなりに楽しい。勉強だって、とても楽だ。あたしが行きたかった高校に入った友達は、勉強が大変だとこぼしていた。それを聞いたあたしは、勉強が楽なのは良かったと思いながらも、心のどこかでは、やっぱりあの高校に行きたかったという思いは消えなかった。
2年になったあたしは、入った部活もサボりがちで、学校の帰りは友達と街をウロウロしていた。学校は、それなりに楽しいし、友達だっている。それに、中学校の時のようなあの息苦しさは感じない。それが一番の収穫だと思う。
あたしは、高校生になると同時におしゃれに目覚めて、あれこれ服の着回しを考えたり、ファッション誌を読むのが好きになっていった。
だけど、特にやりたい事も無く、打ち込む事も無い。毎日、学校に行って、友達と楽しく過ごして。ほんの少し勉強して、遊んで。本を読んだり、何か作ったり、おしゃれの事を考えたり、テレビを見たり。
ぼんやりと過ごしているような、抜け殻のような、投げやりになった訳ではないけど、行く事が叶わなかった高校での生活をあきらめた事への後悔など、まるで膜ですっぽりと覆われたような、そんな息苦しさを感じていた。
そして、今日もあたしは、駅ビルをウロウロする。
レコードショップのバイトの店員さんは、高校生みたいだ。ふと気付いたら、あの店員さんをお店で見るようになっていた。特別、カッコいい訳でもなんでもない人。でも、なんとなく気になった。
たまに、お店で買い物をする事もある。そんな時、彼を近くで見る。なんだか、胸がきゅっとして顔が赤くなってしまう。
「ありがとうございました。」
っていう、誰にでも言っている、その一言すらも大事な言葉の様に聞こえてしまう。
彼は、いったいどこの誰なんだろう。どんな人なんだろう。知りたいなと思うけれど、直接聞きだす勇気もなく、ただ毎日が過ぎていく。
そんなある時、あたしは中学校の時の友達と会った。その子は、中3の時にあれこれあたしを助けてくれた、みーちゃんだ。みーちゃんとは今でも仲良くしていて、たまに電話をした時は長電話になったりする。おうちに行ったり、来てもらう事もある。
今日は、あたしがみーちゃんのおうちに遊びに行った。お土産に持っていったドーナツを食べながら、みーちゃんが入れてくれたコーヒーを飲む。
「みーちゃん。久しぶりだね。」
「うん、そうだね!ちょっと、これ、おいしいねー。」
なんて事から始まって、ずっとおしゃべりが続いていく。よくこんなに話す事があるものだなぁなんて思う。そして、女子のおしゃべりのテッパンの恋の話になっていった。
「みゆちゃんは、最近どうなの?好きな人とかさ。」
「うーん、それがね。気になる人がいるんだけどね・・・。」
そう言うと、あたしはレコードショップの店員さんの事を言ってみた。すると、みーちゃんから驚く事を聞いたのだった。
「あー、その子ね!その子ね、あたしと同じクラスの子だよ。」
「えー、うそ、ほんとに!?」
「ほんとに。同じクラスの子なんだよー。」
なんと、あの彼がみーちゃんと同じクラスの子だっただなんて。驚き過ぎて、すぐには声が出なかった。
あの彼は、赤城君というらしい。みーちゃんと同じ高校の同じクラス。家は、駅ビルからはそんなに遠くない所らしかった。みーちゃんから、赤城君の事をいろいろ教えてもらった。
赤城君は、あたしの事、覚えていてくれているのかな。よくレコードショップに行っているから、顔くらい覚えていてくれてたら、いいな。制服だから、高校も分かるはず、だよね。
あいかわらず、あたしはレコードショップに行っては、ひっそりと赤城君の事を見ていた。今日は、なんとなくこっちを見ているような気もする。もしかしたら、みーちゃんから何か聞いているのかな。
特別何か話す訳でもなく、話し掛けられる訳でもなく。たまに買い物をする位でそれ以上の接点もない。気になるこの気持ちは、たぶん恋なのかもしれない。見掛けると、どきどきするし、やっぱり胸はきゅっとするけれど。
恋焦がれてどうしようもないという感じではない。ゆるい感じで好きなんだろうなぁと思う。付き合いたいか?と聞かれると、うんと即答できない感じの。自分でも、なんだかよく分からなかった。好きなんだけど、どうしたらいいのかも分からなかった。
バレンタインデーが近づいてきた。
街では、色とりどりの華やかでおいしそうなチョコレートが売られている。この時期の街並みはピンクや赤だなぁと思いながら、あたしはやっぱり今日も学校の帰りにウロウロする。部活は、今日も、行かない。
チョコレートの売り場を眺めながら、あたしはチョコレートを渡してみようかと不意に思った。
とりあえず、今日はチョコレートの下見に留めておいた。
チョコレートを渡すって、どうやって?
レコードショップで渡す?
どこかに呼び出す?
みーちゃんに渡してもらう?
どうする、どうする・・・?
チョコレートを渡すには、あたし達は接点が無さ過ぎだ。唯一の接点はレコードショップ。だけど、勤務時間中にチョコレートを渡す訳にはいかない。どうすれば渡す事ができるだろう。
あたしは寝る前に雑誌をめくっていて閃いた。それは、コインロッカーを使う事だ。幸い、レコードショップは駅ビルにある。コインロッカーならいくらでもあるじゃないか。どうして今まで思いつかなかったのだろう。
渡す方法をクリアしたあたしは、ちょっと安心してぐっすり眠った。
チョコレートを買いに行った。今日は、友達は一緒じゃない。あたしひとりで買いに来た。なんとなく、友達には赤城君の事は言いたくなかった。自分だけの胸に収めておきたかった。
たくさんのチョコレートがあって、どれにしようか悩んでしまう。売り場をぐるぐると歩き回り、悩んでようやく決めた。カードは、つけるかどうか悩んだけれど、付けない事にした。
一応、みーちゃんにはチョコレートを渡そうと思っている事を伝えておいた。黙っていてもよかったのだけど、なんとなくそうした。
いよいよバレンタイン当日。さすがに今日は朝から落ち着かない。なんだか、気もそぞろだ。授業を受けていても、ぼんやりしてしまう。頭の中で、今日の段取りを何回も思い浮かべていた。ようやく授業が終わった。さあ、いよいよ本番だ。
駅ビルのコインロッカーにチョコレートを入れた。お金を入れてカギを掛ける。そのカギをブレザーのポケットに入れて、あたしはレコードショップに向って歩き出す。
レコードショップが近づくにつれて、緊張が高まっていく。ああ、やっぱりやめておこうか。でも、ここまできたらやるしかない。やるしかないんだけど、でも・・・。なかなか、中に入る事ができない。だけど、いつまでもこうしているのもおかしいので、勇気を出して中に入った。
赤城君はお店にいた。あたしは、中に入るとレコードを眺めて回った。だけど、当然眺めているだけで頭にはまったく入っていない。レコードばかり見ている訳にはいかない。ほのかな恋心とはいえ、いざ行動するとなると、どきどきは激しくなる一方だ。思い切って、レジに向かった。手にはコインロッカーのカギを持って。
今なら、他のお客さんもいない。あたしは赤城君に声を掛けた。
「あの、そこのロッカーにチョコが入っているんで、これを。」
そう言って、カギを差し出した。赤城君はカギを受け取りながら、あたしに言った。
「あ、ありがとう。みーちゃんの友達、だよね?」
「うん、そうです。ごめんね、こんな所で。」
とりあえず、作戦成功。ほっとして、力が抜けそうだ。その後、どこをどう帰ったのか覚えていないけれど、あたしは今家にいる。
よかった。ちゃんとチョコレート、渡す事ができた。今度は、最後まで自分ひとりで渡せた。中学の頃より、少し成長したみたいだ。
やりきった思いで、うーんと背伸びをした。
そして、冷蔵庫に行ってアイスを持ってきた。たっぷりチョコが掛かったブラックモンブラン。やっぱり、これだよね。もうすぐ晩ごはんだけど。でも、いいや。だって、あたし、今日がんばったもん。
あたしは、ブラックモンブランを大きな口を開けてかじった。すると、クランチがぽろぽろとこぼれた。やば、掃除しないとお母さんに怒られちゃうな。
このお話は、このショートショートの続きです。
高2の時のバレンタインの思い出です。これも、まるっと実話な訳ではありませんが、実話がベースになっています。
ここでも、中3の時の友達のみーちゃんが出てきますが、本当に偶然でしたね。まさか、同じクラスの子だったなんてね。
うーん、でもね。
好きは好きだったんだけど、そこまででもなかったのかなぁ。今思うとね。
なんかよく分からないのです。
だけど、コインロッカーを使うというのは、なかなかいいアイデアですよね。ちょうど、雑誌にそんな感じの事が載っていて、これは使える!と思って取り入れたんです。
その後、ホワイトデーの時にお返しを貰いました。どういういきさつだったかは忘れてしまいましたが。たしか、うちに手紙が届いたんじゃなかったかなぁ。うちのちょっと近くの所に来てくれました。
だけど、それだけ。
その後は何の進展もなく、バイトも辞めちゃったんじゃなかったかなぁ。
まぁ、別に私もそこまで恋焦がれていた訳でもないので、いいんですけどね。
なんとなく、あの頃のくすぶった思いとともにある思い出です。
ちなみに、これが九州人のソウルフードのブラックモンブラン。
なんと、ブラックモンブランも宇宙を目指しているそうですよ☆
今日も最後まで読んで下さってありがとうございます♪