アンパンマンが嫌いだった。|#131
知ってる知ってる、アンパンマンはみんなのヒーローだってこと。日本で一番有名なキャラクターの1人。みんな大好き、アンパンマン。
でもアンパンマンは嫌い。
正確に言うと、嫌いなのはアンパンマンというコンテンツそのものではなくて、彼をとりまく「商業主義的なあれこれ」の方。
”大人の都合”がプンプンするやつ。
「子育て」という世界に足を踏み入れると、長年親しんできた「大人だけの世界」にはなかったものが急に目の前に現れる。
Combiやピジョンなんて聞いたこともなかった。
「抱っこひも(エルゴ)」も初めて知った。
紙おむつがあんなに種類あるなんて!ホームセンターには散々行っているのに全く目に入っていなかった。
そして子育てあれこれが急に目に付くようになったのと同じタイミングで、視界に存在感を増してきたのが「アンパンマン」だ。
右を見ても、左を見てもアンパンマン。
何からなにまでアンパンマン。
世の中、こんなにアンパンマンだらけだったの!?
アンパンマン推しの商品棚に、私は感じてしまった。
「子ども向けの商品は、アンパンマンをつけておけば売れるでしょ」という”大人のマーケティング戦略”ってやつを。
ひねくれてるから、私。
一度そう思うと、とまらない。
あらゆる商品につけられたアンパンマンの笑顔に、常に「消費させるための戦略」が見え隠れするようになってしまった。
素直に「アンパンマン、いいね」って思えない。
アンパンマンの商品やお菓子を見ると「買わせたいんでしょ」ってまず思っちゃう。
だから我が家のテレビで「アンパンマン」が流れたことはない(本当に!)。
4歳になる娘も、アンパンマンにハマる子が多い2歳ごろは「Eテレ」ばかり見ていた。
つい最近、アンパンマンがTVで見れるとは知って驚いていたっけ。
家にはアンパンマンのおもちゃもない。
やなせたかしさんの絵の絵本と紙芝居はあるけれど。
そう、私の目論見通り、「アンパンマン」を「通らずに」アンパンマンの年齢を過ぎることができた。
消費至上主義に踊らされてたまるもんか。
* * *
アンパンマンと似た理由で「プリキュア」も好きじゃなかった。
元々、女の子向けアニメのピンク一色画面と甲高い声、やたら高いテンションが苦手。
さらに「女の子はみんなプリキュアにハマる。そしてグッズが高いから親は大変」なんて話を聞いてしまったから。
なんだ、プリキュアもアンパンマンと同じ構造か。
アンパンマンほどではないにしても、プリキュアも相当あちこちで見かける。商売上手だなあと思う。さすがBANDAIさん。
さてアンパンマンは通らずに育った娘だが、プリキュアは同じようにははいかなかった。
家庭にプリキュア色を出さないように努力しても、保育園で友達同士のコミュニケ―ションがある年齢。
ちゃぁんと友達から聞いてくる。
アンパンマンは親のコントロールが効いたけれど、年少にもなると無理だ。プリキュア見たいみたい、と。
ハイハイ。
そして「プリキュアなら歴代全部好き!」という見事なプリキュア少女が出来上がった。
* * *
子どものおねだりに、親は弱い。
この手の幼児雑誌も、たまに買うようになった。
今月号の付録は「プリキュアのおしゃべりめざましどけい」だ。
コマーシャルで見て以来、娘はこの目覚まし時計が欲しくてほしくて。
ようやく手に入れた目覚まし時計を、保育園とお風呂、寝ている最中以外は常に持ち歩く気に入りよう!
この前はトイレにも持って行っていた。
さてこの目覚まし時計、ボタンを押すと数パターンのメッセージがプリキュアの声で流れる。
『6時15分!おっはよー!ねぇ、おきて、おきて!』
『8時23分!いいゆめみるのよ!おやすみ!』
といった具合だ。
メッセーの中にひとつ、こんなのがある。
「いま、いちばんだいじだとおもうことを やろう!」
普段はごはんもお風呂も着替えも、促しても取り掛かりがスローな娘。私の話を聞いているのやらいないのやら微妙な娘が、プリキュアの時計にこういわれると、即座に動く。
「おふろ、いかなきゃ!」
「おきがえだね!」
「ごはん、たべる!」
それはもう、きびきびと!
これは便利だと、私もちょいちょいこのフレーズを使わせてもらうようになった。ありがとう、プリキュア。
それにしても。
娘は、プリキュアに言われるとどうしてこうもよく聞き、動くんだろう?
たぶん「プリキュアが娘にとってのヒーローだから」だから?
憧れ、といってもいいかもしれないかな。
時計から聞こえてくるのは定型フレーズでも、それは「自分に向けて大好きなプリキュアが話しかけてくれている」のであり、毎日口うるさく同じことを言うママの言葉の何百倍も価値があるんだ。
だから聞くし、動く。
プリキュアは娘にとってヒーロー、そして憧れ。
* * *
アンパンマンに対する認識が変わる記事があった。
この記事を書いた小児科医・坂本昌彦さんは、私が住む長野県佐久市の大きな病院で小児科医長を勤めるお医者さん。診療のかたわら、子どもの病気や子育てについての啓蒙活動や発信も活発に行っている。
坂本先生は、上の記事の中でこう書かれている。
東日本大震災の発生後、医療支援チームの一員として現地で医療サポートをされていたときのこと。子どもたちができるだけ「日常に近い環境で」過ごせるようにと、キッズスペースやプレイスペースを設置した、と。そんなある日のこと。
プレイルームのお手伝いを始めて数日後。海外の支援団体からもおもちゃが届きましたが、それらを眺めながら、何か足りないものがある、そんな思いを抱くようになりました。
小児科には必ずあるもの。
そして小さな子どもたちが待ち望む絶対的なヒーロー。
それはアンパンマンでした。
アンパンマンがいるから注射をがまんする。
アンパンマンが応援してくれるから薬もちゃんと飲む。
僕ら小児科医は、これまで診察の中で、どれほどアンパンマンに助けられたか分かりません。
非日常的な環境で不安な子どもたちに、慣れ親しんだヒーローの登場で少しでも笑顔になってもらおうと、SNSで友人にアンパンマングッズを送って欲しいと呼びかけました。すると、話があっという間に拡散し、何十人もの方がグッズを送ってくださったのです。話を聞きつけた横浜アンパンマンこどもミュージアムも協力してくださり、数百点を超えるグッズが送られてきました。
子どもたちがアンパンマンを目にしたときの喜ぶ顔は今でも決して忘れられません。普段の診察室でおもちゃを見つけて喜ぶ「いつもの子どもたちの笑顔」がそこにはあり、「普段と同じ様子」に安堵したことを覚えています。
-『「津波ごっこ」で震災を受け止める子ども アンパンマンに救われたあのとき #あれから私は』|坂本昌彦 (日本小児科学会指導医)
あぁ、そうか。
アンパンマンは「ヒーロー」なんだよ。
この時、プレイルームに届いたアンパンマンには、大人たちの「マーケティング戦略」もなければ打算もない。
ただ、アンパンマンはアンパンマンとしてそこにいる。
子どもたちにとっても、アンパンマンはアンパンマンでしかない。余計な情報は何もない、アンパンマンはただただ大好きで憧れのヒーロー。
アンパンマンを見て「商業主義的だな」なんて思っていた私こそ、大人の都合、消費至上社会に浸かり切っていたんだ。
アンパンマン、ごめん。
キミは悪くない。キミは純粋にヒーローだよ。
***
ヒーロー。
そういえば、私にはもう長いことそんな存在いないなあ。
昔から割とドライな性格、架空と現実をきっちり分けるタイプだったから、もともと「心にヒーローを住まわせない」のかもしれない。
だから子どもたちがアンパンマンやプリキュアに憧れる気持ちを理解するのに時間がかかったのかもしれない。
ヒーロー。
大人になっても心にヒーローを持っている人というのは、どれくらいいるんだろう。
心にヒーローがいるというのは、どんな気分なんだろう。
ものすごい集中力で録画したプリキュアを繰り返し見る娘。
きっと、あなたが私のヒーローだ。
ずっとピュアで健やかに、伸びのびいてほしい。
永遠のヒーローとして。