働くとはなにか 〜当たり前を問い直す〜
地域おこし協力隊として活動していると、ありがたいことに研修会に参加する機会をいただけます。
自分では聞きにいかないようなお話であっても聞く機会をいただけるのです。
そしてそこには必ず新しい発見がある。
これは自分に合うのか、合わないのか。
私の意見や考え方、生き方とどう一緒でどう違うのか。
それを知るだけでも幸せなお話です。
今回の研修会は「働くとはなにか〜当たり前を問い直す〜」というもの。
働くことがなんなのか、生活に直結しすぎてなかなか考えることはありませんでした。
ましてやそのお話を自ら聞きに行くこともあまりないでしょう。
それなら働いている中で考えればいい、と思いながら、きっと考えない。
機会をいただけるということは本当にありがたいことです。
今回講師に来てくださったのは、『彼岸の図書館ーぼくたちの「移住」のかたち』の著者、青木真兵さん。
青木さんについてはまた改めて『彼岸の図書館ーぼくたちの「移住」のかたち』の感想をまとめたいと思いますので、その際に。
そもそも、私は働くことに対して「お金を稼ぐ」ことをメインに考えていました。
新卒で就職先を決めた不動産会社に入社した理由も「稼げそうだから」「日本のどこに住んでも需要のある職業だから」。
目的は特に考えず、ただお金を稼ぐ手段として選択しました。
もちろん、働くこととお金を稼ぐことは直結しているし、その考え方も悪くないと今でも思っています。
働くこと以外に生きる目的を見出せばいいと思っているから。
最終的にその不動産会社を辞めるとき、私は気持ちを病み、休みの日も会社ケータイがいつなるか分からないから前を離れられない、だから休んだ気がしない。
そもそも人間関係構築能力が著しく低いのに、自分に余裕がないせいで余計職場内の人間関係もうまく構築できない。
辞める直前は毎日吐きながら会社へ鬱々とした面持ちで通っていました。
自分が悪いことも、仕事ができないこともわかっている。
どうしていいかもわかる。
でもそれが実行できない。
そのジレンマの中でどうしようもなくなり、初めて仕事の愚痴を母に告げました。
母親に弱音を吐くことをとても嫌う私でしたが、耐えられず泣きながら話をし、次の仕事が決まったこともあり仕事をリタイアしました。
途中退場です。
辞めたこと自体は今もあまり後悔していません。
でも、「お金を稼ぐ」ということばかりに囚われて、仕事に対してネガティブな感情だけになってしまったことが、この結果につながったのだと、今では思います。
「働く」ということは、お金を稼ぐだけのことでも、服従することでも、我慢することでもない。
「働く」ということは、社会に働きかけることである。
研修会の中で青木さんはおっしゃいました。
ずっと働くことに対して前者であったのですが、今は後者の考え方も理解できる、そして自分は後者でありたい、と思うようになりました。
働いていると、お金に換算できる仕事と、お金に換算できない仕事があります。
働き続けるためには、この「お金に換算できない仕事」の重要さ、そしてそれに対する姿勢が非常に重要になってきます。
それは、働くことによって生まれる価値がお金だけではないからだと思います。
働くことによって、もちろんお金も得ることができますが、やりがいや技術、知識、人間関係など、様々な価値を得ることができます。
それは、「お金に換算できない価値」です。
そして、「誰にも奪われない価値」です。
やりがいは他者によって奪われるじゃないか。
そうも考えられますが、やりがいを奪われるんじゃなくて、やりがいを持ち続けられる環境を壊すきっかけを与えられることで、自分で手放すんだと思います。
と、いろいろ考えたんですが、正直それを実行することはなかなか難しい。
働くとはなにかを考えることは、まず「働く」ことがお金を稼ぐことだけじゃないと受け入れることから始まるのではないかと思った研修会でした。
まだまだあと数十年と働かなければならないのだから、働くことをポジティブに捉えられるように変化していけたらいいなと思います。