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人的資本経営 × 死に相対する哲学(4)

現代の「喪失」「死」の受容から花開く「存在の質的転換」と人的資本経営

人的資本経営や組織の心理的安全性など、現代の人と組織に係るあれこれの根本にある、世界観・働くことの変化・経営理論・多様な働き方と生き方について、古今東西の死に相対する哲学や宇宙観、現在進む生き方の捉え直しを踏まえて、日本グリーフアカデミーのmiyukiと、iU組織研究機構の 松井で語っていきます。
対話の6回目です。


# 第1部:死の体験を通じた再生、個人的変容から社会変革へ

Miyuki:先日はつなぎて養成講座にご参加いただき、ありがとうございました。松井さんの体験が、私たちにとっても大きな学びとなりました。色々お話しでき、現代社会における喪失との向き合い方について、重要な示唆が含まれているように感じました。差し支えなければ、その体験についてもう少し詳しくお聞かせいただけますでしょうか?特に、講座後半に設けております「死の体験ワーク」が印象的に感じられたご様子でしたね。

松井:はい、ぜひお話しさせていただきたいと思います。特に人生を総括して死を体験するところでは、これまでの人生で経験したことのない深い体験をさせていただきました。最初は、断片的な記憶が次々と浮かんできて、それらが徐々につながっていくような感覚がありました。そして、それまでの自分が静かに消えていくような感覚がありながら、同時に新しい気づきが生まれてくる。この体験を通じて、現代社会における喪失への対応の重要性について、新たな視点を得ることができました。特に、専門的な心理支援の必要性を、より切実に感じることになったんです。

Miyuki:その気づきについて、もう少し具体的にお聞かせいただけますでしょうか?私たちも、死別体験者への支援において、従来の枠組みでは十分に対応できていない部分があるのではないかと感じていたところです。

松井:はい。自分は公認心理師として実務的なカンファレンスは少し参加することがあるのですが、心理ケアの必要な場でサービスがそこまで多くない領域として、親族などの喪失によるPTSDやストレスへの対応が極めて不十分だということです。死別による喪失は、従来の心理医療の枠組みでは十分に対応できない要素を含んでいます。認知行動療法のような手法では捉えきれない、存在論的な次元での苦悩があるためです。例えば、故人との関係性の意味づけや、自己のアイデンティティの再構築といった課題は、単なる症状の改善や行動の修正では対応できません。また、現代社会特有の課題として、SNSなどのデジタル空間に残された故人の痕跡との向き合い方など、新しい形の喪失体験も生まれています。これらに対する包括的な心理支援の枠組みが、今まさに必要とされているのではないでしょうか。

Miyuki:その点は私たちも強く感じていました。従来の心理療法の多くは、確かに症状の緩和や行動の修正に焦点を当てていますが、喪失体験、特に死別は、より根源的な「意味の再構築」を必要とします。私たちの研究でも、特に若い世代において、従来の心理支援の枠組みでは対応しきれない喪失の形が増えていることがわかってきています。例えば、コロナ禍での突然の別れ、十分な告別の機会を得られなかったケース、あるいはSNS上でのデジタルな追悼の難しさなど。これらの新しい喪失の形に対して、心理的なケアの新しいアプローチが必要だと考えているのですが、松井さんはこの点についてどのようにお考えですか?

松井:そうですね。喪失によるストレスやPTSDに対する潜在的なニーズは膨大にあるのに、適切な支援の手法や提供者が不足していると思います。特に気になるのは、表面的には通常の生活を送れているように見えても、深い部分で未処理の喪失体験を抱えている方が多いのではないかとも感じました。現在の死別のプロセスでは、このような潜在的なニーズを十分にすくい上げられていないと思います。

Miyuki:ご指摘の通りです。そうした課題認識から、私たちはエピソードlinkを開発してきました。このサービスは、故人との思い出を単に記録するだけでなく、それを通じて新しい意味を見出していくプロセスを支援するものなんです。例えば、故人との思い出を時系列で整理しながら、その関係性の意味を再発見したり、未完のコミュニケーションを創造的に補完したりする機能を備えています。(エピソードlinkのご紹介はこちら

松井:なるほど。エピソードlinkについて、私なりの分析をお話しさせていただいてもよろしいでしょうか。このサービスの本質は、喪失に対するPTSDやストレスを緩和する専門的な心理支援サービスとして捉えるべきだと考えています。そう考えると、葬儀社や石材社との連携も重要になってきそうですが、これは彼らの既存のサービスとは区別された、独立した心理支援サービスとして位置づける必要がありそうです。というのも、葬儀や埋葬に関する文化的・宗教的な側面と、専門的な心理支援は、安易に混ぜるべきではないと考えるからです。

Miyuki:その視点は非常に重要ですね。そういったあり方だとすると、喪失のPTSDへのケアという専門的な心理支援サービスとして、独立した形で展開することが必要となりますね。葬儀や埋葬の文化的側面と安易に混ぜることは避けるべきでしょう。ただし、葬儀社や石材社との協力関係は重要で、彼らが遺族と最初に接点を持つ重要な存在であることは確かです。「連携」と「独立性」のバランスを取っていくこと、例えば、葬儀社スタッフへの研修プログラムを提供し、必要な方を適切な心理支援サービスへつなげられるような体制づくりを進めることもできるのではないでしょうか。

松井:そうですね。その場合、品質保証の仕組みも重要になってきますね。例えば、基本的な心理的ケアの品質保証と、より専門的な支援能力の認証といった、段階的な認証制度が必要かもしれません。特に、PTSDケアという専門性の高い領域では、適切な品質管理の仕組みが不可欠です。また、支援者自身のメンタルヘルスケアも重要な課題になってくると思います。

Miyuki:その通りですね。基本的な心理的ケアについては標準化された評価基準、専門的能力については事例研究やスーパービジョンを通じた質的評価なども想定できるのかもしれません。特に重視しているのは、支援者の継続的な成長を促す仕組みづくりです。定期的なケースカンファレンスやピアスーパービジョンの機会を設けたり、最新の研究知見を学ぶ場を提供したりすることで、サービスの質を持続的に向上させていきたいと思いました。

# 第2部:「喪失へのケア」の構造とその汎用性について、事業ドメインについて

Miyuki:ところで、今回の講座の中でも触れたのですが、このサービスの「喪失へのケア」という側面は、現代社会の様々な側面、特に組織や雇用の分野にも示唆を与えうると感じたのですが、この点についてはいかがでしょうか?例えば、組織における様々な「喪失体験」―キャリアの転換や、組織変革に伴う役割の喪失など―への対応にも、類似のアプローチが適用できるのではないかと考えているのですが、この点はいかがでしょうか?

松井:それは非常に興味深い視点ですね。確かに、現代の組織が直面している課題―例えば、社員の意味の喪失感や、変革への抵抗―にも、類似のアプローチが適用できる可能性があります。特に、デジタル化やAIの導入に伴う職務の変容は、ある種の「喪失体験」として捉えることができるかもしれません。ただし、これを実際のサービスとして展開する際には、いくつかの重要な考慮点があります。まず、喪失・PTSDケアと組織変革支援では、求められる専門性や対応の枠組みが大きく異なります。また、サービスの受け手となる顧客層や、提供すべき価値も本質的に異なってきます。

Miyuki:ご指摘の通りですね。これは全く別のサービスとして考える必要があります。顧客も提供価値も異なりますし、安易に同時進行することは難しい。特に、PTSDケアという繊細な領域では、サービスの焦点を明確に保つことが重要です。ただ、基本的なアプローチや知見の応用可能性は確かにあると感じています。例えば、「意味の再構築」を支援する手法や、安全な対話の場をデザインする技術など、応用できる要素は少なくないと思うのですが。

松井:なるほど。企業における「意味の喪失」への対応も、実は同様の専門性を必要としているのかもしれません。ただし、これはサービスドメインも付加価値のあり方も違いますので、根本的な価値や対応のフレームワークが類似するということであると思います。ですから、全く別のサービス展開として検討する必要がある感じはしました。

Miyuki:その通りですね。私たちも、組織変革支援への展開可能性は感じていますが、まずは喪失・PTSDケアの領域で確実な成果を出すことに注力したいと考えています。この領域には、まだまだ対応できていない社会的ニーズが大きく存在しており、そこでの実践を通じて得られる知見こそが、将来的な展開の基盤になると考えています。この領域での実践を通じて得られる知見の展開可能性は、あくまでも副次的な効果として捉えるべきで、現時点では喪失・PTSDケアという明確なミッションに集中することが必要かもしれません。

松井:喪失体験への支援という明確な領域で実績を積み重ねることが、より広い社会的価値の創造につながっていく可能性がありますね。私自身、今回の体験を通じて根本的な気づきの感覚は大いにありました。それはもちろん、組織変革に関する気づきに繋がるものでもあります。ただし、それはあくまで個人的な学びとして大切にしつつ、サービスとしては明確な焦点を保つことは重要だと思います。

# 第3部:喪失への根源的なケアの体験と、現代の組織での「創造の質的転換」

Miyuki:先ほどの喪失ケアの話題から離れて、松井さんが言及されていた組織変革についての考察を、もう少し掘り下げてみたいと思います。特に、今回のつなぎて養成講座での体験から得られた示唆について、組織の文脈でどのような可能性をお考えでしょうか?

松井:はい。実は今回の体験を通じて、現代の組織が直面している本質的な課題について、新しい視座を得ることができました。特に印象的だったのは、「存在の質的転換」という経験です。これは単なる心理的な変化ではなく、より根源的な変容でした。そして、この体験を通じて見えてきたのは、現代の組織が直面している多くの課題―例えば、DXやハイブリッドワークへの適応の困難さ―の本質が、実はこの「存在の質的転換」と深く関わっているのではないかということです。

Miyuki:その「存在の質的転換」について、もう少し具体的にお聞かせいただけますか?特に、組織の文脈でどのような意味を持つとお考えでしょうか?

松井:例えば、多くの組織でDXやハイブリッドワークの導入が進められていますが、そこで直面する困難の本質は、単なる技術的な課題や制度設計の問題を超えています。より本質的には、「働くことの意味」や「組織との関係性」といった、存在論的な次元での転換が求められているように思うのです。実際、現場で見ていると、社員の方々の中に何か根本的な意味の喪失のようなものを感じることが増えています。スキルアップや成果は出せているのに、「本当にこれでいいのか」という問いが深まっている。特にコロナ以降、その傾向が強まっているように感じます。

Miyuki:その観察は非常に興味深いですね。単なる成功や達成では満たされない、より本質的な意味の探求が、特に若い世代で強まっている感じがします。そういった状況で、組織としてどのような対応が考えられるでしょうか?

松井:はい。私が今回の体験を通じて発想したのは、「振り返りの場」や「対話の空間」を、より意識的にデザインしていくというアプローチです。ただし、これは単なる業務の振り返りや、通常のコミュニケーション施策とは本質的に異なります。より深い次元での自己との対話、そして他者との創造的な対話を可能にする場が必要だと考えています。例えば、三つの要素を重視しています。まず、物理的な空間設計―光や音、座る位置関係など、細部まで意識的にデザインすること。次に、時間的なリズム―個人の内省と集団での対話が、自然な形で展開していくような時間の使い方。そして最も重要なのが、心理的な安全性―それぞれが自分の真実に素直に向き合える雰囲気の醸成です。

Miyuki:なるほど。それは、現代の組織に欠けている重要な要素かもしれませんね。ただ、そのような取り組みを実際の組織で展開する際の課題についても考える必要がありそうです。

松井:その通りです。特に三つの課題を感じています。一つは、このような取り組みの「効果」を従来の指標で測ることの難しさ。二つ目は、日常的な業務の流れの中で、このような場をどう位置づけるかという問題。そして三つ目は、ファシリテーションの専門性をどう確保するかという課題です。

Miyuki:その課題認識は重要ですね。特に、「効果」の測定については、新しい評価の枠組みが必要になってきそうです。しかしながら、こうした取り組みは現在の組織にはないような、個人の状況変化や喪失体験を通じて自己理解を深め、それ自体を組織の力に変えていく全く新しい可能性を持つものではないでしょうか。

# 第4部:「創造的可能性」を、個人の喪失への考察から大きく花開くために

松井:はい、大いなる可能性があります。今までに考察したような「存在の質的転換」の取り組みの評価には、三層の枠組みが必要だと考えています。まず、短期的な行動変容や意識の変化。次に、中期的な組織文化や関係性の質的変化。そして最も重要なのが、長期的な「創造的可能性」の広がりです。

Miyuki:その「創造的可能性」という概念について、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?

松井:はい。これは、組織や個人が持つ、新しい価値を生み出す力のことです。例えば、予想外の変化への適応力や、異質な他者との協働から新しい可能性を見出す力。このような創造性は、実は深い次元での存在の変容と密接に関わっているように思うのです。

Miyuki:その視点は、現代社会が直面している様々な課題にも示唆を与えそうですね。特に、不確実性の高まりや、価値観の多様化といった状況下で、組織はどのように変容していく必要があるのでしょうか?

松井:そうですね。私は、これからの組織に求められるのは、「所有のパラダイム」から「存在のパラダイム」への転換だと考えています。つまり、知識やスキルを「持っている」ことよりも、新しい可能性に向けて「開かれている」ことが重要になってくる。実は、これは人的資本経営の本質とも深く関わっています。従来の人的資本経営は、どちらかというとスキルや知識の蓄積に重点を置いてきました。しかし、これからは「存在の質」そのものを高めていく、より本質的なアプローチが必要になってくるのではないでしょうか。

Miyuki:お話をお聞きして私も発想が広がってきました。いま仰った「存在の質」を高めるアプローチについては、例えば、三つの次元での取り組みが考えられるのではないでしょうか。一つは、個人の内的な探求を支援する仕組み―瞑想やリフレクションの実践など。二つ目は、対話を通じた集合的な学びの場の創出。そして三つ目が、実践を通じた創造的な試行錯誤の機会の提供です。

松井:仰る通りですね。そういうことを行う場合、まず重要なのは、小規模なパイロットプロジェクトから始めることだと思います。例えば、特定の部門や、自発的な参加者グループで試験的に実施し、そこでの学びを丁寧に集めていく。その際、定量的な指標だけでなく、質的な変化の観察も重視します。特に重要なのは、これらの取り組みを単なる「施策」としてではなく、組織の本質的な変容のプロセスとして位置づけることです。そのためには、トップマネジメントの深い理解と、長期的なコミットメントが不可欠です。

Miyuki:はい。これは非常に重要な点です。私たちがそういった取り組みを支援するためには、従来の組織開発やチェンジマネジメントの専門性に加えて、より存在論的な次元での変容をファシリテートできる新しい専門性が必要になってくるとも思います。具体的には、三つの能力が求められるのではないでしょうか。一つは、深い次元での対話を促進する力。二つ目は、個人や集団の変容プロセスを理解し支援する力。そして三つ目が、組織の現実的な制約の中で創造的な可能性を見出す力です。

松井:はい。理論と実践の融合が重要ですね。座学による学習だけでなく、自身の変容体験を通じた学びを重視します。また、実践コミュニティの形成も重要で、様々な組織での実践者が経験を共有し、学び合える場が必要です。これは「創造的文明」と言い得るくらいの広がりを持つのかもしれません。個々人の深い気づきや変容が、組織全体の創造的な進化につながっていくような場。そこでは、効率性や生産性といった従来の価値だけでなく、存在の質や創造性といった新しい価値が重視されるのではないでしょうか。

Miyuki:それは素晴らしいですね。特に重要なのは、この変容が単なる組織内の変化にとどまらず、より広い社会的な変革につながっていく可能性です。現代社会が直面している様々な課題―環境問題や格差の問題など―の解決には、創造的な組織の存在も同時に不可欠なのではないでしょうか。

松井:はい、まず重要なのは、このような取り組みを実践するパイオニア的な組織を増やしていくことです。そのために、実践者のネットワークを形成し、知見の共有と相互学習を促進する。また、この新しいアプローチの有効性を示す事例研究を積み重ね、より多くの組織の理解と参加を促していく必要があります。同時に、この取り組みを支える理論的な枠組みも発展させていく必要があります。従来の経営理論や組織理論を超えた、より包括的で創造的な理論的基盤が求められているように思います。

Miyuki:本日の対話を通じて、組織変革に関する新しい視座が見えてきましたね。これからもこのテーマについて、様々な形で対話を続けていければと思います。

松井:はい、ぜひそうさせていただきたいと思います。今日の対話を通じて、自分自身の問題意識もより明確になりました。これからも、理論と実践の両面で、この新しい可能性を探求していきたいと考えています。

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