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会いたい人たちに出逢えた7月の不思議
2024年7月は、会いたいと思ってた人たちに、たくさん会えた、不思議な月だった。
会いたい人に会いに行くこと。
そして再会して幸せって思うことは、あなたの人生は充分幸せだね!って言われているようなもの。
推しの俳優、萩原利久くんに初めて会えた日
俳優さんって、舞台俳優さんやミュージシャンと違い、ファンが会えるという機会がとても限られる。
それでもいつか会えるチャンスがあるのなら会って見てみたい!って願ってた。
そして突如、名古屋の映画館で監督さん&萩原利久さん二人のトークショーという形で願いが叶った。
初めての名古屋、新幹線の駅に到着後すぐから緊張が増していき、エスカレーターの乗り方もぎこちなく、目の前のエレベーターも逃してしまった、笑。
映画「朽ちないサクラ」上映後の30分間のトークショーと、上映前の30分間、計2回に参加したから、まるまる1時間は利久くん一点を見つめる全集中。
瞬きしないと観たいモノや人にどんどん焦点がバッチリと合っていく、という人間の持つすごい能力にも初めて気づく!
利久くんは映画館の右側通路から登場してきて、真ん中を横切りながら一人一人に目を合わせるように手をゆっくりずっと振ってくれて、とても優しい雰囲気をまとっていて、会場の空気がパッと明るく柔らかく変わった。
利久くんは自然な形で場を盛り上げることも、相手をリラックスさせ話しを振ることも、聴くことも話す言葉選びもうまいなぁと感じる。とても明るく、すごくしっかりしているのに力の抜け具合が絶妙でとてもいい。いつもフラットな感じと熱い何かをもっているのに飄々と見える感じがとても心地よく感じる。
時々照れ隠しのように笑う姿がとても可愛い。
雑誌やsnsなどの記事や、彼の近い方やスタッフさんからもたくさん愛されて可愛がられているのは気配り上手だからに違いないと確信する。
映画作品の中の利久くんは、ピュアで真面目で相手を思いやる優しい青年。重いストーリーの中に唯一ホッとできる役柄でいてくれて、それが利久くん本人と重なる雰囲気もあり、この役が演じられて良かったなと思えた。
平日のお昼間に、時間作って来てくだって、これはとてもすごいことです、って頷きながら何度も言ってくれて…♡
チケットとれた次の日に、「急な来客のため、来週一日仕事お休みさせてください」と、無理言って代わってもらったことが少し引っかかっていたこともあり、この言葉はとても救われた気がした。なんて優しい言葉かけをしてくれる人なんだなぁ〜って、時間作って新幹線で来て良かったなぁ〜って、心底思えた。
夢のような時間と空間に私もそこにいたんだと思うと、あの時のままにずっと浸っていたい、頭の中をこれ以上更新したくない!っと、翌朝始発の新幹線の中で1日の始まりの流れる風景を眺めながら思った。でもすぐにまた新しい利久くんの姿がファンコミやインスタやテレビや雑誌と次々と更新されていくのも嬉しい限りだけど、止まっていたいなぁという気持ちもあったりする。
目の前に急に登場して、あ〜かっこい〜、キラキラと優しい雰囲気、かわいい〜、あっ目あったよね、ゆっくりと振る手が大きいなぁ、この残像がそのままずっと私の記憶に残るといいな。
7月8日は初めてりっくん記念日♡
(監督がりっくんって呼んでた気がした^ ^)
幼稚園ママ友だちとの再会
東京で子育てをしていた期間の3年間は周りの人たちに助けられた3年間だった。
長女の幼稚園ママたちとはずっとLINEで繋がっていて、今回も東京に行くタイミングに日を設けてくれた。
毎年のように企画準備をしてくれる人たちがいる。恒例になってるようなランチ&夜の飲み会に子育てや介護で時間を作るのも難しいママたちが今回集まれたのは20名くらい。昔を懐かしみながら子供のこと、自分を含めた家族のこと、仕事のこと、今思っていること悩んでいること、色んな話をしながら生きて再会できることに感謝する。
ここで知り合ったママたち、そしてその子供たちも今は全国各地に広がっているから、大地震や豪雨災害のときは瞬時に〇〇さんは大丈夫だろうかとすぐ思い浮かぶ。
また笑顔で会えることを約束してそれぞれの生活に戻る。
子供たちを通じて出逢い、大変な時期に助けあい、励まし合った幼稚園のママ友たち。
子供たちの成長を今もみんなで見守っていけるってとても有難い。
両親と従姉妹のまぁちゃん
4つ下の従姉妹のまぁちゃんと会うのは5.6年ぶり?いやもっとかな。その時はお互いの偶然が重なってコンビニの駐車場でバッタリ、そのまままぁちゃんちへお邪魔することになり、たまたま来ていた従兄弟夫婦とも会えた。
毎年盆と正月に集まっていた親戚は、祖父母が他界すると実際に会う機会はぐっと減った。
隣の市に住んでいる母に、「今週お顔見に行きたいけど予定ある?」とLINEすると、同じ日に従姉妹のまぁちゃんが一人で電車とバスで会いにくるとすぐに返信がきた。
従姉妹のまあちゃんは聡明で気が利きすぎるほど気遣いできる。人当たりも良く、誰からも好かれるタイプ。
母は我が子同様に可愛がっている。なんなら一番出来のいい自慢の子でもあるし、私も妹も大好きな親戚の一人だ。
母の妹の叔母さん、まあちゃんのお母さんは13年前に他界して以来、叔母さんと一番近く仲の良かった母をずっと心の支えにして時間を作って家族で会いにくることが多かった。
普段おっとりしている母はまぁちゃんがいるこの場はとても楽しげに軽快に会話した。
父は相変わらずニコニコ顔でマイペース、買ってきたお昼ご飯を食卓で済ませたあと、洗い物をしてすぐに隣の部屋のソファに腰掛けて韓国ドラマを楽しんでいた。
まあちゃんの話し方も笑った顔も叔母さんとそっくりで年々似てきている。
叔母さんもおばあちゃんも一緒にここにいる気がしてならなかった。
生きてる間にあと何回父と母と会えるだろうか。
"また来るね"。毎回名残惜しい。
まあちゃんとも、"またね!"と元気に別れた。
家族と繋がる多くの人たちが健やかにいつまでも幸せでありますように。
ありきたりの言葉が、すべてに思う。
音楽友達の彼女
長女が小・中学とお世話になった部活のママ友。
ある友達からギターライブに誘ってもらい、せっかくならばクラシックギターを習っていた彼女に久しぶりに連絡してみよう、とその時からギターライブを一緒に聞きに行く音楽友達になった。
彼女は建築現場で日本中を駆け回り、理系思考でサバサバした性格、背が高く光がさしているいるように美しくて品がある。
好奇心旺盛な彼女は数年前からマラソンの面白いさにハマり全国各地へ走ることを楽しんでる。
イギリスで開催されるマラソン大会にも参加したいけど、円安で予算に合うツアーを現在探し中とか。
私もその頃、イギリスへいってみたいなぁと言ったことを覚えてくれていたようで、半ば計画倒れになりつつ私の夢をそっと応援してくれる存在だ。
私の憧れの一人である彼女からのLINE連絡はとても嬉しい。
高校の親友、一番会いたい人からの連絡
ずっと会いたいと思っていた高校の親友がいた。
最後に会ったのは、2007年、17年もたつことも信じられない。神奈川に住んでいる親友ヒロにどう連絡しようかと、電話番号もメールも変わり近頃は名前だけ書かれた年賀状を目の届く場所へ置いてはいるものの筆無精の私はどうすることもなく、そのままになっていた。
先日東京に行った時も"今回も会えなかった…"とどこか気になっていたヒロの存在。
それから数日後、突如ショートメッセージがスマホに届いた。
「久しぶり!来週3日間九州に帰るから、最終日に少しでも会いたい。」
「まじで!一番会いたい人なんだけど、
午後から仕事だから午前中に、ぜひ会おう」
今までほとんど九州へ帰ってくることのないヒロに、身内に何かあったのかと当日まで不安で仕方なかったが、会えて心配ごとは消えた。
会った途端に気持ちも時間も遥か昔の高校生だったころの二人に戻った。
辛いことがあってもいつも笑って誤魔化すヒロの癖は何一つ変わらない。座り方も話し方も照れ方も当時のまま。
「ウエディングパーティーに行けずにごめんね、子育てが一番大変な時期だった」と、私がすっかり忘れていたことを謝られた。私も彼女の結婚式の時はちょうどアメリカにいたので、白無垢姿のヒロと袴姿の旦那様の写真をアメリカの友人たちに見せながら話していたのを思い出した。
私が中学高校とずっと好きだった当時アイドル、現在は俳優の“本木雅弘さん"に、とあるクリニックの中ですれ違い、私一人パニック&大興奮したという大事件があった。その時も一緒にキャ〜キャ〜推してたヒロに一番に伝えたいって思ったんだよ、ってやっと今回言えた。
今度は横浜あたりでお茶しよう!
またね、と手を振った。
Kがパパになった、嬉しい声
結婚して子供が4月に生まれると、連絡をうけて
いた。そして7月、ボイスメッセージと写真が送られてきた。
大変な時期だけど、すごくいいパパに違いない。Kは今何歳なんだろうか。私の中でいつまでも子供、そして青年になったばかりのKがいる。
私がアメリカにいたころは小学3年生だったKは、大人になってfacebookとともに私を探して連絡してくれた。11年ほど前に我が家へ遊びにきて我が子たちとよく遊んでくれたK。
日本が好きでアニメが好きなKは俳優業とスタントマン、今は色んな仕事に挑戦しているバイタリティあふれる青年だ。
そして数年おきに突然チャットしてくる。
彼の辿々しい日本語と素速い英語でのチャットが送られると私はとても緊張する。
私の理想は素速いチャット、ビデオや電話を問題なく交わすことができたらと、いつも思う。
スラスラ英語が話せるように相当な努力が必要だなぁとKが思わせてくれる。
***
書いてみるとこんなにたくさん!
月日はあっという間に流れていくけど、記憶に閉じ込めておきたいこともたくさんある。
グラデーションの美しい空を何度も見上げた7月。もう会えない人にもどこかでつながっていると信じたい。
みなさまにもたくさんの幸せが訪れますように。読んでくださりありがとうございます♡