文字を持たなかった昭和 続・帰省余話30~デイサービスへ

 昭和の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)の来し方を軸にして庶民の暮らしぶりを綴ってきた。

 今度は先だっての帰省の際のあれこれをテーマとすることにして、ミヨ子さんとのお出かけを振り返った。数年前郷里にできたグランピング施設に宿泊したときは、夕食に行く直前客室のトイレでミヨ子さんは「間に合わ」なかったりと、1泊の間にけっこう失敗してしまった。よかれと思って企画した親孝行のつもりのお泊りだったが、宿泊先でふだん使わない車椅子にずっと乗せていたせいだろう、ミヨ子さんの脚力の低下を招いてしまったことも、二三四(わたし)には大きな反省点だった。

 お泊りから帰った翌々日はデイサービスの日だった。最近は、週4日のデイサービス以外の日も、ミヨ子さんは朝起きて顔を洗ったらデイサービスに行く支度をしては、ミヨ子さんにとってお嫁さんである義姉に「今日はデイの日じゃないですよー」と言われるらしいが、この日は行くべき日である。 

 二三四はふだん朝食抜きのためゆっくり起きるのだが、お泊り以来のミヨ子さんの変化が気になっていたので、ミヨ子さんが起きて支度する時間に合わせて起き出した。

 支度を終えたミヨ子さんが朝食をとり終え、食後の薬ものんで一息ついた9時前、玄関先に車が停まる音がした。「(デイサービスの送迎車が)来たみたい」と義姉がミヨ子さんに立ち上がるよう促す。ミヨ子さんは杖と手摺を頼りに玄関に出て、上がり框を下りる。義姉がときどき介助する。スピードは、ゆっくりだ。二三四は玄関のドアを開け、車が停まっているところまで付き添う。

 デイサービスからは若い男性スタッフが迎えにきていて、乗車まで介助してくれる。
「ミヨ子さん、おはようございます。大丈夫ですか」
とあくまで穏やかで柔らかい口調と動作。この安心感はやはりプロだ、と二三四は感服する。

「娘です。いつも母がお世話になってます」
と挨拶すると
「ミヨ子さん、娘さんが帰ってきてよかったですね」。
いえいえ、一昨日あたり大変で、わたしのせいでずいぶん母に痛い思いやつらい思いをさせました。とは二三四の心の声。

 車にはデイ友というのか、同じ施設の利用者であるおばあさんが乗っていて
「あら、娘さん? あなた、いいわねぇ」
と心から羨ましそうに言う。ミヨ子さんがにこにこしながら車の座席に落ち着いた。「じゃあ、車を出しますね」とスタッフさんが告げ、ワゴン車は動き出した。

 手を振って見送りながら二三四は涙ぐんでいた。
「なにごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」
使い方は違うがこんな気持ちかもしれない。さわやかな笑顔のスタッフさんに後光が差して見え、その後ろ姿――というか車だが――に、手を合わせて深々とおじぎをしたくなる二三四だった。

※前回の帰省については「帰省余話」127

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