文字を持たなかった昭和 続・帰省余話28~トイレの失敗、そして反省

 昭和の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)の来し方を軸にして庶民の暮らしぶりを綴ってきた。

 今度は先だっての帰省の際のあれこれをテーマとすることにして、ミヨ子さんとのお出かけを振り返っている。桜島を臨むホテルに泊まり離島住まいのミヨ子さんのいちばん下の妹・すみちゃんも交えてディナーを楽しんだ。翌日、島へ戻るすみちゃんとお別れしたあと、実家近くの古いお墓へ行くもミヨ子さんの脚が動かず、結局二三四(わたし)だけがお参りした。

 そのあと、数年前郷里にできたグランピング施設にチェックイン。隣接する温泉施設で、前回の帰省では入り損ねた介護湯と呼ばれる家族湯を、今度こそ利用できた。が、達成感でいっぱいの二三四は、お風呂上りのミヨ子さんの様子が少しおかしいのに気づいていなかった。ホテルの客室で休憩後、夕食に行く直前のトイレでミヨ子さんは「間に合わず」、風呂上りの足やトイレの床を濡らしてしまった。急いで後始末し、遅れて始まったディナー。ミヨ子さん「おいしい」と言いながらも、表情は心なしか硬く笑顔が少ない気がした。

「お母さん、疲れてるのかね」
と家人がこそっと言う。

 前日から移動時間も長かったから疲れるのは当然だろう。が、それよりも、介護湯を上がったあとや、客室のホテルで粗相したとき二三四が焦ってしまった、そのイライラが収まらないまま食事に入ってしまったことが、ミヨ子さんを緊張させたであろうことに、あとになって二三四は思い至った。 

 その夜。

 ミヨ子さんは夜中に2回トイレに行こうとし、2回とも失敗した。具体的な状況はとてもここに書けない。紙おむつやパジャマだけでなく、シーツやベッドパッドまで濡らしてしまった。それぞれ片づけしたあとも気持ちが収まらず、二三四はほとんど眠れなかった。想像に難くないと思うが、おむつを換えたりしながら、ついミヨ子さんに強い口調で話してしまい、そのことも二三四の気持ちを重くした。

 今回のお泊りは、「2泊でもいいんじゃない?」と義姉からアドバイスされたし、日々ミヨ子さんをお世話してくれている義姉に少しでも休んでほしいという気持ちもあって計画したことだった。が、それはこっちの都合であって、ミヨ子さんの気持ちや状態に十分寄り添っては、いなかったかもしれない。

 とくに2泊目のホテルの客室は、モダンと言えばモダンなモノトーン調で、広くはなく、受け止めようによっては圧迫感があり病室のようにも見えた。そんな環境でミヨ子さんが混乱したとしても不思議ではない。まして、いちばんの頼りである娘に余裕がなく、強い口調を浴びせてきたならなおさらだ。

 どんなにいいホテルに泊り温泉に入るより、どんなご馳走を食べるより、穏やかに安らかに過ごせることのほうが、お年寄りには大切でうれしいことなのだ。信頼できる人が側にいてくれればもっといい。

 それが、「親孝行旅行」のつもりだった今回のお出かけを通じて二三四が身をもって学んだ最大のことである。ある程度わかっていても、いざとなるとうまくいかないことも含めて。

※前回の帰省については「帰省余話」127

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